最終的には死に向かっているという感覚

――映画は、次第に老いていく家族の姿が映し出されるドキュメンタリーでもあります。書籍ですと、お姉さんの退院後の家の様子について、「両親はこの時80代、姉は50代、私は40代。ふと、この家にはもう変化が起きないのだと思いました」という文章が印象に残っています。

藤野知明さん ©佐藤亘/文藝春秋

藤野 子供がいれば、家の中に色々な変化があるのでしょうが、私たちの家族はそうではなかった。何かが起きる期待感がないんですよね。どんなに美味しいものを食べても最終的には死に向かっているという感覚でした。でも、ネガティブな話ではなくて、その時間をどう生きるのかが大事だと思っていました。

――話が前後しますが、お姉さんがいよいよ入院する直前の頃になると、お母さんは、娘が勝手に外出できないようにと玄関に南京錠をかけます。また、お父さんは冷蔵庫の前で寝ていたりする。家の緊張感がピークに達するといいますか、窮まってきた感じがしました。そうした中、ついにお父さんはお姉さんの入院を認めます。

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藤野知明『どうすればよかったか?』 ©佐藤亘/文藝春秋

藤野 その当時、母が認知症になっていたことは、映画の本筋ではないので、外そうと思えば外せます。そうして、「父は高齢となり、限界を感じて、姉の入院を認めた」とナレーションで言ってしまうことも出来る。けれども、映画『どうすればよかったか?』では、そうはしませんでした。

 映画の最初の頃に比べ、父や母の容姿は、老いを感じさせるようになりますが、それだけでなく、父の頭になぜか傷があったり、家の中にやたらとものが増えてゴミ屋敷っぽくなっていたりする。そうした様子を入れることで、家族の老いが映像に現れてくる。

 それが、父がかたくなに認めなかった姉の入院を同意することのリアリティにつながるんです。