父が姉を精神科医に診せなかった4つの理由

――ここはドキュメンタリー論として興味深いので、さらに聞かせてください。

藤野 なんと言ったらいいかな、映像はリアルタイムのものなんです。その映像が流れている間は、今この瞬間に起きていることになる。いわばスポーツ中継に近いライブ感がある。

藤野知明さん ©佐藤亘/文藝春秋

 だから映画を観ている人は、父がついに姉の入院を認める場面に立ち会っている感覚になります。そこに至らせるには、認知症となった母が、夜中に「謎の男が外壁をよじ登って家に入ろうとしている」と訴えながら、存在しない人間の侵入を防ごうとしている、といった映像があることが大事になるんです。

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 そういう状況を見れば、精神科受診を拒み続けてきた父がギブアップして姉の入院を認める理由が、ナレーションなどの言葉での説明がなくても伝わるわけです。

藤野知明さん ©佐藤亘/文藝春秋

――今回の書籍は、映画とは異なる読後感があります。たとえば映画では、お父さんがこっそりと娘に薬を飲ませていたことが描かれていないので、統合失調症であることを長年にわたって認めなかったのは、医者の家の世間体を守ろうとしているように思えた。けれども、今回の書籍を読むと、そればかりでない面が見えてきます。

藤野 父の考えていたことは、今となっては想像するしかありませんが(映画公開後に死去)、父が姉を精神科医に診せなかったのには、私は4つの理由があったように思っています。

 ひとつは、姉が発症したと思われる1983年当時に期待できる治療法がなかったこと(注1)。それから、病院で虐待される心配があったこと(注2)。身内が統合失調症になることを恥と考えたこと(注3)、さらに姉の将来のことを考えて病歴を残したくなくて、自分たちで治せるかもしれないと考えていたことです。

 これらの葛藤が、父の中で働いたんだと思う。どれか1つを原因とする根拠まではありません。これが現時点で私が思うことです。