我が家でセルフドキュメンタリーを撮るのは無理だと思った
――その当時(1990年代中・後半)は、セルフドキュメンタリーが話題になった時代です。映画公開時のプロフィールに日本映画学校に通っていたとあるので、今回の書籍を読むまで、そうした時代性に触発されて『どうすればよかったか?』を撮り始めたと思っていました。
藤野 それこそ日本映画学校の1年先輩に『ファザーレス 父なき時代』の茂野良弥さん、1年後輩には『あんにょんキムチ』の松江哲明さんがいました。当時、自分の家族を題材にしてセルフドキュメンタリーを制作するのは、相当ハードルが高く、我が家では無理だと思った記憶はありますね。
――藤野さんの場合、映画にするつもりもなく撮っていたものが、結果的に劇場公開されます。
藤野 家の中でどうにか撮り続けていましたが、精神科医に説明する時に見てもらおうと思うものの、肝心の協力してくれる精神科医はなかなか見つからず、撮った私ですら見返さないものを撮影しているわけですから、無駄なことをしている感覚が強くあった。
姉が退院して状態がよくなったのがわかったので、これなら映像を公開する意義もあると思うようになりましたが、それでも自分が生きているうちに、自分が撮ったものが劇場公開されることはないと思っていた。というのは、姉に統合失調症を発症しているという病識が無かったので、公開は姉の死後になると思っていました。姉が女性の平均寿命まで生きると考えると、私と姉の余命は同じくらいでしたので、公開できる可能性は50%くらいだと思っていました。

