90年代までのクルーズは、俳優として、優れた監督の下で映画作りについて学びたい、もっと実力をつけたい、ということが、作品選びの根底にあったように見える。

 コッポラに始まりスコセッシ、バリー・レヴィンソン、オリヴァー・ストーン、シドニー・ポラックなど、作家性の強い、賞レース常連の監督作が多いのだ。その精神は、キューブリックで頂点を迎える。たっぷり1年以上をキューブリックに捧げた後のクルーズは次第に、自分が思う方向性で作品を一緒に作り上げられる監督と組むようになっていく。

40歳を過ぎて「学ぶ側」から「導く側」に

 その最たるものが、プロデューサーを務めるミッション:インポッシブルシリーズで、2作目で香港のアクション映画監督ジョン・ウーを起用したり、4作目でピクサーのアニメ監督ブラッド・バードを起用したりしたのが分かり易い例だが、40歳を過ぎた頃から彼は、自分の立場がもはや学ぶ側ではなく、導く側になっていることを意識し始めたようだった。

次の記事に続く 「世界で一番稼ぐ映画監督」と「俳優」が手を組んだらどうなった? トム・クルーズ×スピルバーグが手を組んだ『2002年のSF映画』の評価は…

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