補償金は…
自白についても、警察が送り込んだ同房者が「自白すれば刑が重くはならない。5、6年の刑で済む。警察の留置場より拘置所や刑務所の生活の方が快適だ」などと誘導した結果によるもので、その信用性は乏しいと認定した。
そして、問題の布団の血痕群は、斎藤さんの頭髪を介して付着するのは不自然で、押収当時に掛け布団の襟当てに血痕群が付着していた点も疑わしく、押収以後に付着したと推測できると判断。大学教授による鑑定は、斎藤さんの有罪を証明できないとした。
検察が控訴しなかったことで無罪が確定した斎藤さんは、7516万8000円の刑事補償金を受け取っている。
しかし、大半が裁判費用の借金返済で消滅、再審請求以降の費用は借金ができず、支援団体のカンパで賄っていた。
その後、故郷に戻り、会社に勤務しながらアムネスティ日本支部などの団体で講演活動をしていたが、長期間死刑囚として過ごした間の年金は支給されず、晩年は生活保護を受給しての生活だったという。
ちなみに、精神的苦痛を理由に国に対して起こした1億4300万円の国賠訴訟請求は、2002年に棄却されている。
多臓器不全でこの世を去ったのは2006年(平成18年)7月4日。享年75。警察の捏造が生んだ悲劇の人生だった。ちなみに、斎藤さんを支え続けた母ヒデさんはその2年後の2008年2月、101歳で亡くなった。