非行からの更生にはタイミングがあります。
10代で更生できる人もいれば、40代で更生する人もいます。実に様々です。筆者の場合は、ツーストライクの時点で気が付き、更生できました。ひとつの転機が訪れたからです。
警察署で絞られた帰り、署内で見た光景は衝撃でした。自分より年長の怖そうな不良が、手錠腰縄で連行されながら大泣きしていたのです。「こんなに気合入ったヤンキーが大泣きするっちゃけん、少年院というところは相当恐ろしいところなんだろうな」と勝手に合点して、不良を辞めて軟派に転向しました。
その後10年以上、社会でもまれ(あまり良いことはありませんでした)、紆余曲折を経て、大学に入学したのが27歳。一年生の時「犯罪学入門」を、三年次以降「犯罪学」を受講しました。このとき学んだ犯罪学とは、犯罪社会学です。日本の犯罪社会学は、アメリカの影響を強く受けています。
様々な理論を学んでも、元非行少年として手放しで納得できる非行原因の説明はありません。その時は「ちょっと違うな」と感じる程度でしたが。大学を4年で卒業し、就職して順風満帆な社会人生活をスタートしていたとしたら、後年、犯罪学の荒野を彷徨いながら、暴力団博士とよばれることもなかったと思います。
しかし、2001年の就職氷河期で、31歳の新卒を雇う酔狂な会社はありませんでした。仕方ないので、生活のために洋服の行商に就きました。
20代の頃に婦人服を商っていたこともあり、離島などの公民館や漁協などで、メーカーから破格で買い取った昨年の売れ残り服(キャリー品といわれるもの)の販売と、紳士服のオーダーの仕事をしました。これを暫く続けていましたが、どうにも人生に納得ができません。
「おれは、人生で一体全体何がしたかったのだろうか」という問いが、常に脳裏に浮かんできます。いいかげん、自問自答の繰り返しに耐えられなくなったとき、大学で学んだ犯罪学のことを思い出しました。
当時は素人ながら「そもそも、文化や風習が異なるアメリカの理論で、日本の非行や犯罪を説明しようというのが間違いじゃあないのか。だから、元非行少年としてシックリこないのだろう。じゃあ、おれが大学院で非行原因について研究できないかしら」と考え、指導教授に電話してみたのです。
