3番目は手首に巻かれた白い包帯。これはすぐ思い出した。公開の座談会というのがあって向田さんと出た。何故か右手首に包帯をしていたが、いっこうに不自由らしくはない。終るとファンがサインを求めて押し寄せる。その時おもむろにこの包帯を見せて「ちょっと手首をくじいてしまいまして。ゴメンナサイネ」。愛想よくことわる。人がいなくなったところでくるくると外(はず)せば――何でもない。

向田さんにはこうしたチマチマと……

 サインで自分の名を下手くそに書くのが嫌なのである。見栄っぱりなのだ。それでこの小細工。中国の大人物、かの項羽(こうう)将軍は「書は以って自分の名が書ければそれでいい」と字を習わなかったそうだが、それにくらべてこれはずいぶん「小もの」ではないか。

 向田さんにはこうしたチマチマと可愛い小人物のところがあって、それがあの文学者としての大人物の(最後期の性の解放とか、家庭は本当に必要かといったテーマは、まさしく革命的で先鋭だった)、核になっていたと思う。庶民性といってもいい。小は大を支えていた。このへんが今も衰えない人気の秘密だ。

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 原稿の字がひどかったのは、彼女が生(ナマ)原稿を師匠に見てもらうといった(ワープロもパソコンもなかった時代だ)旧(ふる)い文学修業をしてこなかったからだろう。彼女以後、アマチュアライターの大河のような流れが始まり、旧来の文壇はあっという間に押し流された。大衆社会の文学が始まったのだ。向田さんは当時の大衆が自分たちの中から押し出した革命の先兵であり、歴史を変えた人だ。「草莽の作家」でなくて何だろう。

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