「このまま力尽きてたまるか」と思いSNSを更新

――その地獄のような日々はどうやって終わったんですか。

くりえみ 炎症値が減ってきて、膿が体の外にだいぶ出きってからです。体が綺麗になってくると、少しずつ意識もはっきりして、ちょっとずつ考えられるようになりました。

 正直入院した最初の時は「この期間で、めっちゃ勉強できるじゃん」とむしろワクワクしていたんですけど、もうそれどころじゃなかったです(苦笑)。本当に、何も考えられない。呼吸してるだけで精一杯。痛みにずっと耐えることしかできなかったです。

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――くりえみさんはその状況の中、SNSも更新していました。

くりえみ むしろ「このまま力尽きてたまるか」と思って更新してました。SNSで言ったほうが周りの反応もありますし、気晴らしになるんです。自分一人で苦しんでいると考える方が、しんどくて。

©山元茂樹/文藝春秋

――手術の傷跡は今も残っているんでしょうか。

くりえみ 残ってはいるんですけど、手術をしてくれた大学病院の先生が名医で。

 私がグラビアの仕事をしていることも知ってくれていて、普通なら背中を縦に切るところを横に切って、手術の跡がちょうど下着に隠れるようにしてくれたんです。切る部分も極力小さく、管を入れて処置をするようにしてくれて、傷も最小限にできました。本当に最高の先生で、感謝しています。

自分がいなくても事業を続けられる体制を整えられるように

――くりえみさんは死の一歩手前までいったわけですが、病気は人生のターニングポイントになりましたか。

くりえみ 変わりましたね。それまで日々のタスクに忙殺されていましたが、入院して強制的に立ち止まった時に、本質的じゃないものに追われている時間が圧倒的に多いと気づきました。当時、会社自体は6法人ぐらいあったんですが、本質的に必要と考えた2法人にまで整理しました。

 あと、自分が死んで会社が終わりというのではなく、残されたメンバーに自分の魂が引き継がれる状況にしないといけないと実感しました。事業そのものを私の属人性に頼らないようにすることで、自分がいなくても事業を続けられる体制を整えられるようにと今は考えています。

©山元茂樹/文藝春秋
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