現代社会に根を張る「ルッキズム(外見至上主義)」の風潮。その裏には、進化の過程で刻まれた生存本能と、発達の過程で学習する顔認知のメカニズムがある。顔研究の第一人者・山口真美氏の新著『美人はそれほど得しない?』(早川書房)は、私たちが顔を認知する仕組みを科学的に“解剖”する書籍だ。

「お母さんの顔が、わからない」。ある日突然、顔の判別が不可能になる「相貌失認(そうぼうしつにん)」という不可解な現象。有名人はおろか、長年連れ添った配偶者や、育ての親の顔さえも「ただのパーツの塊」に見え、誰か分からなくなってしまうのだ。

 この過酷な症状の裏側に隠された、顔認知のミステリアスな仕組みとは。以下、書籍より一部抜粋して紹介する。(全2回中の1回目/続きを読む

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※画像はイメージ ©︎Trickster/イメージマート

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声を聞けばわかるのに、顔を見ることだけに問題がある

 脳には顔専門の部位があり、学習による鍛錬により作り上げられます。この脳の部位が脳卒中や脳血栓、事故などで損傷を受けると、顔の判断ができなくなります。これは「相貌失認」と呼ばれ、親しいはずの家族の顔も、大好きだったアイドルの顔もわからなくなります。目の前に並ぶ人々の顔を見ても、誰が誰だかまったく区別がつきません。それなのに、声を聞けば一瞬にしてわかる。顔を見ることだけに問題があるという障害です。

 相貌失認という特徴的な障害から、顔担当の脳は一人ひとりの顔を区別し、アイデンティティを見極める役割を担っていることがわかります。高度にシステム化されている人間社会の中では、多くの顔を区別し、そこに個としてのアイデンティティを認めることが重要です。

顔担当の脳は“ポケモンの区別”もしている?

 赤ちゃんが生得的に持っているのは、目・鼻・口の配置から顔を発見するだけの能力に過ぎません。一見、今の高度な顔認知の話とは距離があるように思えますが、そこには学習の積み重ねがあるからです。学習がどれだけ重要かを示す証拠として、この顔担当の脳は、学習次第で顔以外も担当できることがわかっています。

 たとえば犬のブリーダーやバードウォッチャー、カーディーラーなど、犬や鳥、車の種類の違いを把握し多くを記憶するのも、この顔担当の脳で行われるようです。バードウォッチャーが鳥を観察している際にも、顔担当の脳の活動が見られただけでなく、相貌失認になったバードウォッチャーは、鳥を区別する能力も失うといいます。

 ポケモンの愛好家がたくさんのキャラクターを覚えて楽しむように、犬のブリーダーやバードウォッチャー、カーディーラーも、それぞれに愛着を持ったアイデンティティを付して記憶しているに違いありません。対象を慈しみ、一つひとつを区別することが、顔担当の脳領域が本領を発揮するところなのでしょう。