「美しい顔をいためなければ承知できない」
昭和の大スター・美空ひばりが絶叫し、公演は即中止に。客席から近づいた19歳の少女が投げたのは“ナゾの液体”。それは塩酸だった。顔に火傷を負う衝撃事件は、なぜ起きたのか?
鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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昭和の歌姫・美空ひばり
言わずと知れた昭和の歌姫、美空ひばりは1950年代、日本の芸能界で黄金期を迎えていた。1949年(昭和24年)、12歳にして初の主演を務めた映画「悲しき口笛」の同名主題歌がシングルレコード40万枚を売り上げる大ヒット。1952年には「リンゴ追分」が130万枚のセールスを記録し、1954年に「ひばりのマドロスさん」で第5回NHK紅白歌合戦に初出場。1955年、江利チエミ(1937-1982)、雪村いづみ(1937年生)と“三人娘”を結成し大人気を博す。
中でもひばりは別格で、映画出演のギャラはひばりが1本750万円(現在の貨幣価値で約4500万円)、チエミが300万円、いづみが150万円だったそうだ。
抜群の歌唱力で国民を魅了し、当時の映画界で最も稼ぐ女優でもあった彼女が予期せぬ事件に巻き込まれるのは1957年(昭和32年)1月13日、19歳のとき。
この日、ひばりは東京・浅草国際劇場で歌舞伎俳優の大川橋蔵(1929-1984)とのダブル主演である正月公演「花吹雪おしどり絵巻」の千秋楽に出演中だった。
