「美しい顔をいためなければ承知できない」

 19歳の少女はなぜ、憧れのスターに塩酸を投げたのか。昭和32年、美空ひばりを襲った衝撃事件。その裏にあったのは、同世代ゆえの嫉妬と絶望だった。

 メモに残された言葉、そして会見で見せたひばりの対応。事件の“その後”を追う。鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

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塩酸をかけられた美空ひばりさん(写真:時事通信社)

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少女が「塩酸」を投げた理由

 犯人の少女は舞台のそばで写真を撮影していたブロマイド業者のマルベル堂の男性社員によって捕らえられ、警備中だった浅草署員へと突き出される。

 興奮状態の少女は取り調べで徐々に落ち着きを取り戻し犯行に至るまでの経緯を話し始めた。年はひばりと同じ19歳。山形県米沢市の貧困家庭に生まれ、高校を中退後、地元の繊維工場で働いていたものの、都会の華やかさへの憧れから単身上京し、板橋区内の会社役員宅で女中奉公に就く。

写真はイメージ ©getty

 彼女にとって、ひばりは主演映画を何本も繰り返し観るほどの大スターだったが、その憧れと裏腹に激しい嫉妬の対象でもあった。

 犯行を思い立ったのは事件2日前の1月11日。

〈世の中が嫌になった〉と書き置きを残して奉公先を飛び出し都内をうろついていたところ、偶然、ひばりの浅草公演を知る。同じ年なのに、惨めな境遇にいる自分とは違い、ひばりはこんな華やかな世界にいる。

 その落差に嫉妬と憎悪の気持ちが湧き上がり、ひばり襲撃を企て塩酸を購入、浅草公会堂に客の1人として乗り込み計画を実行に移した。