同じ電車に乗り続けてきた人に、突然「降りてください」
日本の男性の場合、欧米のように、職を転々とするわけでもなく、一生を一つの会社に捧げる人が圧倒的で、正規労働者の転職比率は5%にも満たない。定年退職とは、ただの一度も乗り換えることもなく、ずっと同じ電車に乗り続けてきた人がいきなり、「降りてください」と言われるようなものだ。「仕事」と「家庭」以外の「居場所」を作ることができないまま、勤め慣れた会社を離れることへの恐怖感・喪失感は、「外の世界」を知らない人間にとって、例えようのないものに違いない。
農業や漁業に携わる人や職人のように、一生続けられる仕事であれば、「居場所」を失うことはないが、就業者に占める雇用者、つまり会社によって雇われている人の割合は、1953年にはわずか、42.4%だったものが、2016年には89%にまで達している。つまり、かつては仕事をする人の半数以上が、体が続く限り、働き続けることができていたわけだが、現在は10人に9人が会社員となり、「定年」という人為的なシステムによって、「同じ場所で働き続ける」権利を自動的に剥奪される対象となってしまった。
「孤独」は健康に甚大な悪影響を与える
こうして、会社という仕事、地位、肩書、居場所に「依存」してきた人たちを待ち受けるのが、「孤独」である。拙著『世界一孤独な日本のオジサン』の中で、会社というムラ社会のしきたりにどっぷり染まった日本のオジサンたちが、退職後に孤独になりやすいことを紹介した。日本では「孤独はかっこいい」などと肯定的にとらえられがちだが、実は認知症や心臓病などのリスクを高めるなど、健康には甚大な悪影響を与えることがわかってきた。たばこや酒を控え、運動をしたり、食生活に気を付けたところで、「孤独である」ことによって、その効果は相殺されてしまう。
「孤独」の「孤」とは、「みなしご」という意味であり、不安で寂しい様をさす。「人間関係はめんどくさい」「一人の方が気楽」、そう思うことはあっても、人と触れ合わず、頼ったり、支えあう人もいない、といった孤独状態を長期間続けることは、精神的にも肉体的にも非常に危険なのだ。1960年代には60代半ばだった日本人男性の平均寿命は2017年には81.09歳まで伸びた。人生百年時代となれば、仕事を辞めて、20年も30年も「孤独でいい」などと悦に入っている場合ではないのである。