90歳を超えた男性との交流

 今ひとつ納得できない様子の私に、寿子はある知人との交流について語ってくれた。同じ教会メンバーの男性で、年は90を超えていた。寿子は新聞を読み聞かせるため毎週火曜と金曜に男性宅に通った。私も以前、寿子からその活動について聞いている。

「コロナが大流行して1年ほどたっていたかな。奥さんを亡くされ、火葬場で話をしているときでした。年をとって目が悪くなり、新聞が読めないんだって。妻に読んでもらっていたのに、それができなくなるのがつらいって。じゃあ、私が代わりにやりましょうかって言ったの」

 男性はかつて中央官庁に勤め、家では朝日新聞をとっていた。寿子が訪問すると、読んでほしい記事が赤ペンでマークされていた。寿子が約1時間かけて音読するのを、男性は静かに聞き、二人はその後、お茶を飲みながら意見交換した。

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「非常に知的な人で、私の馴染みが薄い科学の記事なんかも解説してくれました。そのうち訪問するのが楽しくなってきたの」

 男性は寿子がわざわざ自宅に来てくれたうえ、読み聞かせまでしてくれるのに恐縮していた。西洋美術史にも詳しく、代わりにその解説をしましょうと言ったという

 しばらく知的交流を続けていたある日、男性は突然、こう言った。

「食を断つことにしました」

 前夜、息子と一緒に食事をした男性は死を決意していた。

「私は人生をやり終えました。もう社会に貢献するわけでもない。税金を使ってもらうのは心苦しい。だから自分で死ぬ時期を選ぶんです」

自分で死を選ぶために食をコントロールする

 欧米では今、安楽死の是非を巡る議論が盛んだ。法律でそれを認めた国もある。男性はこう言った。

「日本では安楽死を助ければ、自殺幇助罪に問われてしまう。その面では遅れていると思います。死ぬ時期を決めるのは個人の権利でしょう」

 安楽死を認めていない日本で、自分で死を選ぶために食をコントロールする。男性はほとんど水しか口にしないようになった。

画像はイメージです ©NOBU/イメージマート

 極端な絶食をした場合、体調を崩して病院にかからなければならない。その場合、点滴などで対応され、死ぬ時期を医療者に委ねてしまう。男性は完全に食を止めるのではなく、口にする量を管理しながら、死への階段を降りていった。寿子の回想である。

「新聞の読み聞かせに行くとき、クッキーを持って行くと、それを一枚だけ口に運んで、紅茶を飲んでいました。徐々に体重が減り、結局92歳で亡くなった。まるで隣の部屋に移るような感じでした」

 男性は若いころ、結核を患い、死と隣り合って生きてきた。寿子は男性との出会いが、死に対する自分の考えに影響しているという。

「自分にとっては大きな経験でした。自死がいいとは思わないけど、死はそんなに大騒ぎすることでもない。自然であり、壁の向こうに行くだけです。我慢せず、頑張ることもなく、たんたんとごく自然に壁を越える。周りは励まさず、生かそうとせず、受け入れる。それでいいんだと教えられました」

 私はこの話を聞いたとき、少しわかったような気がした。寿子があわてず、騒がず、たんたんと死を迎えようとしている背景に、こうした交流があったのだ。

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