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簡単な構造の爆発物にはいずれも「草加次郎」「杉加次郎」といったサインが残されており、筆跡鑑定の結果、同一人物であることが判明した。
爆弾を包む紙などに「石川啄木」や「エラリー・クイーン」の小説が使われていたため、「文学青年」や「過激派」などの犯人像が推理されたが、ここで草加次郎はいったん地下に潜伏する。
次のターゲットは吉永小百合
再び爆弾魔が動き出すのは、翌1963年(昭和38年)5月である。当時人気絶頂にあった女優・吉永小百合(当時18歳)宅に、草加次郎を名乗る人物から合計6回、現金などを要求する脅迫状が届けられていた。
当時、吉永宅には1日1000通近いファンレターが届けられており、この脅迫状が発見されたのは、5月の郵送から3ヶ月経過した8月のことだった。
アイドル好きの変質者か、それとも現金欲しさの爆弾強盗か。犯人像を絞り込めぬまま、9月5日には冒頭の銀座線爆破事件が発生。
