まるでドキュメンタリーフィルムのようにロングショットで人物を追い、軍や抵抗組織の中で交わされる会話にも観客にわかりやすい説明を加えない。夜のシーンでは映画のスクリーンが黒くつぶれるほど暗く、何よりも映画全体が主人公ハサウェイの所属する抵抗組織マフティー内部での議論を中心に進んでいく。

 ハサウェイ役の小野賢章は、監督の村瀬修功から映画について「マフティーという組織の描写においては、かつての学生運動的な表現を入れていきたいという話を受けました」と振り返る。いわば、ガンダムの世界観を舞台に、架空の学生運動、抵抗運動の記録フィルムをアニメーションとして描いた映画になっている。

 ガンダムの世界で革命運動を描く。それは富野由悠季が上中下3巻の小説として生み出した原作の時点からはっきりと意識されたものである。原作は1989年、最も激しく学生運動が吹き荒れた1969年の大学を舞台にした村上春樹の小説『ノルウェイの森』が刊行されたすぐ後に書かれている。

ADVERTISEMENT

富野由悠季氏 ©杉山秀樹/文藝春秋

 村上春樹が1969年という過去を舞台に恋人の死の物語を書いたのに対して、富野由悠季は宇宙世紀という未来を舞台にし、クェスという少女を戦闘の中で失い、心にPTSDに近い傷を抱えながら抵抗運動にのめりこむハサウェイを主人公に、喪失と挫折を描いた。それが原作小説『閃光のハサウェイ』だった。

 本来なら、これはエンタメ映画、ましてやアニメーション映画にはまったく不向きな題材である。何より原作者の富野由悠季自身が、「商業アニメにはとても向かないから」と小説の形を選んだのだ。だが3部作の第1作となる前作の観客動員108万人、興行収入は22億円という記録に、第2作『キルケーの魔女』はわずか公開22日間で動員120万人、興収20億1292万440円と、並び抜き去ろうとするヒットを続けている。

「理解できないけど面白い」という“映画の魔法”がかかった作品

 120万人という観客動員は「ガンダムファンが多いから」という理由で出せる数字ではない。不朽の名作と言われる『逆襲のシャア』が11.3億円、社会現象と言われた初期ガンダム映画の第3作でさえ20億円台なのだ。映画チケットの料金の値上がりを加味したとしても、『キルケーの魔女』がそれらの伝説的ヒット作と肩を並べる興行収入をあげているのは驚くべき現象である。

2025年の大阪万博で展示された実物大のガンダム ©時事通信社

 しかも前衛的とすら言える内容、演出にもかかわらず、『キルケーの魔女』を見た観客の反応は総じて好意的である。わかりやすいから好意的なのではなく、セリフが多く難解であること、夜のシーンが暗くて見えにくいことなどに批判的に言及した観客でさえも「映画としては面白かった」「なぜか惹きつけられた」という声が多いのだ。

 実を言えば筆者自身もそうである。原作未読で展開とセリフに半分も追いつけなかった初回鑑賞の時から、圧倒されるほど映画に惹きつけられた。