『当時の思い出でよく覚えているのはこのギギのことで、富野さんが「とてもいいヒロインを考えついたよ」と満足げに言っていたことですね。ベル・エポックの時代にアリス・プランというパリのミューズがいて、彼女がいることで芸術家たちは刺激を受けて、良い作品をどんどん作り出していたと言います。富野さんはアリス・プランをイメージしてギギを造形したとおっしゃって、本当に満足げでした』

 原作小説の当時の担当編集者であった井上伸一郎はインタビューで当時をそう振り返る。アリス・プランはパリの芸術家たちに愛された美しいミューズであっただけではなく、パリがナチスの手に落ちたあとも反ナチスのビラを貼り、ゲシュタポから逃げてパリを後にする激しい女性でもあった。

アリス・プラン ©時事通信社

 そのアリス・プランの血が流れるギギ・アンダルシアとハサウェイの物語がどこに行きつくのかは、第3部にゆだねられている。これもネタバレになるが、原作小説が明るい結末でないことは良く知られている。だがすでにいくつかの名アレンジを加えた村瀬修功監督がそれをどのように語るのかは、第3部を見るまで誰にもわからない。

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 確かに言えることは、この『閃光のハサウェイ』3部作に反応する観客が日本国内にはとどまらないであろうということだ。ここで描かれる社会格差と抵抗運動、革命と女性性の矛盾の物語は、欧米の正義が揺らぐ世界の「仕組みの深さ」に立ち尽くす、世界中の若者に切実でリアルなものとして受け止められるだろう。

『閃光のハサウェイ』3部作制作発表で「製作関係各位から、本作のテーマは現代にこそ必要だと判断をされて」と富野由悠季が語ったが、バンダイナムコフィルムワークスの予見はまさに的中したといえる。村瀬修功監督は『ガンダムW』のキャラクターデザインを担当しているのだが、実は『ガンダムW』は最も海外でよく知られているガンダムシリーズである。彼がデザインしたリリーナ王女と5人の少年たちの物語は、今も世界中のファンたちの二次創作によって描き継がれている。男女双方の心をつかむ人物造形は、昔も今も村瀬修功監督の才能として輝いている。

女性観客の共感を呼んだ“声”のリアリティ

「彼女がほかの方々と違う芝居をしていて、『なるほど』と腑に落ちた部分があったんです。そこでギギ像が見えてきました。彼女の演技のリズム感が、小説とも違うギギを生み出したところはあります」

 前作でも今作でも、村瀬修功監督はギギ・アンダルシアの人物造形に上田麗奈の声がいかに大きかったかを繰り返し語る。日本のアニメ表現において、声優はリアリティをキャラクターに吹き込んできた。『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』でも同じ現象が起きたが、上田麗奈の声には、女性の観客に「これは私の心の声だ」と思わせる力、時代の声の力がある。

「これは青春映画なのかもしれないって話したんです」ハサウェイ役の小野賢章とギギ役の上田麗奈は映画を振り返ってそう語っている。筆者の知る限り、これは最も的確な『キルケーの魔女』への批評である。政治も、社会も、欲望も、青春はすべてをその中に飲み込んでいるからだ。

「製作する世代が若くなり、それを享受する観客がさらに若くなれば、それら次の若い世代が、いつか人の革新――ニュータイプ――への道は拓いてくれるのではないかと信じるのである」

 2019年『閃光のハサウェイ』3部作の制作発表に原作者・富野由悠季がそうコメントを寄せた言葉の通り、村瀬修功監督たち下の世代によって「人の革新」というテーマは1作目2作目に受け継がれ、あとは最後の3作目を待つのみになる。革命にも権力にもなびかない魔女の声は、物語の最後で私たちに何を告げるのだろうか。

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