おそらくは前出のスガシカオや、ギギ・アンダルシアに共感する女性観客はじめ多くの観客が「全ては把握できないけど面白かった」という興奮を胸に劇場を出たのではないかと思う。そうでなければ半月で100万人という動員はとてもできないし、それこそが『キルケーの魔女』という作品が持つ映画の魔法である。

 村瀬修功監督自身が舞台挨拶で「情報量の多い映画なので」「客席の観客の反応が暖かく安心した」と語るように、『キルケーの魔女』には軍事、社会、政治など大量の情報が詰め込まれている。だが映画が単なる情報の羅列とならずにすんでいるのは、情報に押し負けない「情緒」の美しく官能的な力、魅力的な人物描写が映画をリードしているからだ。

 魅力的な人物は、美しくミステリアスなギギ・アンダルシアだけではない。抵抗運動マフティーの年齢も性別も異なるメンバーたち、抑圧者である連邦軍のケネスやレーン、マンハンターのボスですら、この作品に集結したトップアニメーターたちの筆致によって立体的な厚みをもった人間描写が加えられ、物語にハーモニーを生み出している。膨大な情報のすべてが一度の鑑賞で理解できなくとも、前出の女性観客のように登場人物に感情移入し、その行く末を祈るような気持ちにさせる力がこの映画にはあふれている。

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 それはいわば、洋楽の名曲を初めて聴いたとき、英詞のすべてがききとれなくても美しいメロディとボーカリストの肉声に心を奪われるのに似ている。『キルケーの魔女』のエンディングテーマとして流れる、ガンズアンドローゼズの世界的名曲“Sweet Child O' Mine”がそうであるように。

『ガンダム』シリーズを、そして現代社会のジレンマを表す“たった2行の会話”

 価値観の違う多くの声がぶつかりハーモニーを生むこの映画を音楽に例えたとしたら、リードボーカルは間違いなくギギとハサウェイの二人だろう。最も象徴的なのが、『キルケーの魔女』冒頭で流れる前作のダイジェストに挿入されるギギとハサウェイの言葉だ。

ギギ「マフティーのやり方、正しくないよ」

ハサウェイ「じゃあ教えてくれよ、この仕組みの深さを破壊する方法を」

 わずか2行のやり取りだが、これはほとんどヒップホップで言う「キラーバース(決定的な一節)」である。反政府運動の直観的な批判者であるギギ・アンダルシア、運動の欠陥を知りつつ「仕組みの深さ」の前で立ち尽くすハサウェイ・ノア、この映画の主題が冒頭の前作ダイジェストの2人の会話で羅針盤のように提示されているからこそ、観客は映画で展開される膨大な情報の海で迷い溺れずに済むのだ。

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケ―の魔女』オリジナル・サウンドトラック(Amazonより) 手前が主人公のハサウェイ・ノア、奥の左がヒロインのギギ・アンダルシア

 実は、このギギとハサウェイの鮮烈な会話は原作そのままではなく、村瀬修功監督の編集によって誕生したキラーバースである。「マフティーのやり方、正しくないよ」というギギの言葉にハサウェイはその場では「他のやり方があるならば教えてくれって、マフティーはきくよ」と答えるのは原作も第1作アニメも同じだ。だが村瀬修功監督の演出はそのあとで一人になったハサウェイがギギの言葉を反芻しながら「じゃあ教えてくれよ、この仕組みの深さを破壊する方法を」と独白する場面を加えている。

 このシーンは原作小説の他の部分にある「この仕組みの深さを破壊するためには…」というハサウェイの別の思考を描写した富野由悠季の文章をカットし、編集して作り上げたフレーズである。富野由悠季による『ガンダム』の脚本はシェイクスピアのように引用され続ける警句をいくつも生んだが、村瀬修功監督によるギギとハサウェイの会話もまた、単に映画のテーマを要約した名台詞にとどまるものではなく、急進左派運動に対する批判とそれに対する反批判という現代社会のジレンマを描写した会話として映画史に残るものになるだろう。