「売らない・広げない」戦略

ドラマや鳩グッズ効果で若年層の顧客を獲得できたことで、今年で創業132年を迎える「豊島屋」は、前期(2025年8月期)に過去最高売上を更新。さらに、今期もその記録を超える見込みだという(同社は売上高を公表していない)。だが、その販売戦略を紐解くと、実は大きく矛盾している点があるのだ。それは、一貫して「売らない・広げない」戦略をとっていることにある。

「基本的にグッズは本店でしか販売していません。すると、量産しないから意外と仕入れ単価が高いんですよね。最初のロットが全部売れても、ギリギリ赤字を免れるレベルで、1ロット追加されたら少し利益が出るくらいです。おかげさまで事業は成長してますけど、これまで以上に急激拡大することは、まったく考えてないですね」

なぜ、売れるときに拡大しないのか。それなのに、なぜ過去最高売上を更新し続けられるのか。この謎を解くためには、「豊島屋」で脈々と受け継がれてきたDNAについて、知る必要がある。

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「バタ臭い」創業当時は鳴かず飛ばず

「豊島屋」は、1894年(明治27年)に初代・久保田久次郎氏が創業した。当時の看板商品は、鎌倉で出土した古瓦をモチーフにした、「古代瓦せんべい」だったと言う。

それから3年後、外国人のお客さんからバターを使った焼き菓子をもらったことで、「この味を再現したい」と「鳩サブレー」を開発。だが、当時の日本人はバターの風味に馴染みがなく、「バタ臭い」とまったく売れなかったそうだ。

しかし、1912年(大正元年)以降に、鎌倉の小児科医が「離乳期の幼児食に最適」と推奨したことで、ようやく売れ始めるように。発売から15年以上の歳月が経ってから支持を広げ、最終的には御用邸からもご用命いただけるほどになった。

「初代は常々、『枝葉を枯らしても幹を枯らすな』と言っていたそうです」

「古代瓦せんべい」という幹を枯らさなかったからこそ、長い年月をかけて「鳩サブレー」という枝葉を諦めずに育てられたのだろう。この言葉が、今の「豊島屋」を形作る、第一のDNAとなった。