「世界を支配するのは誰か」という問い

 尾田の描く壮大な物語を動かしている問いは「世界を支配するのは誰か」である。我々はルフィ船長率いる若き海賊団に同行し、「ワンピース」と呼ばれる秘宝を探す。ワンピースを発見した者は「海賊王」となるが、その意味は正確には明かされていない。一方、世界政府は800年もの間、海を支配してきた。その前には謎の「空白の100年」があったが、それを探求することは禁じられている。第233話で尾田はこの世界政府の頂点に立つ寡頭制の長老政治家「五老星」の話を展開する。彼らは自らを「聖」という敬称をつけて呼ぶ。それから675話ほど後に、この老人政治家たちが「イム」という秘密の君主を崇拝していることが明らかになる。革命軍のイワンコフは『Genesis(創世記)』という書物から、イムが世界政府の創設メンバーである「ネロナ・イム」であると推論を立てる。イムは水陸両用軍、秘密警察、特殊部隊(「神の騎士団」)を用いて帝国を統治している。第1115話では、世界政府の旧称が「連合軍」であったことが、何気ないかたちで明かされる。

ピーター・ティール氏 Ⓒdpa/時事通信フォト

反キリストとしての独裁者イム

 世界政府の独裁者イムは反キリストを彷彿とさせるが、この類似性は決して偶然ではない。「ネロナ」の名は西暦68年に自殺したローマ皇帝ネロを想起させる。帝政期ローマの歴史家スエトニウスによれば、陰謀論者たちはネロの死は偽装だとささやきあった。「彼らはネロの名において布告を出し、あたかも彼がまだ生きており、まもなくローマに帰還するかのように装った」(『ネロ伝』57)。歴史家タキトゥスは偽ネロが反乱を率いたと記し(『同時代史』2・8)、巫女シビュラの神託は母殺しの王がローマに帰還し、「自らを神と同格とする」と預言した。

 こうした噂から、キリストの復活をもじったゾンビ・ネロの復活伝説「ネロ・レディヴィヴス」が生まれた。この伝説は『ヨハネの黙示録』の執筆に影響を与えた可能性がある。聖ヨハネは黙示録に現れる獣の印の数字を666と特定したが、ネロのヘブライ語名「ネロン・カイザー」のヘブライ文字の数字転換(ゲマトリア)による数値は666である。初期キリスト教徒はこうした考え方を受け入れた。「これ〔反キリスト〕はネロである……世界の果ての隠れた場所からネロが帰還する」(ローマのキリスト教詩人コンモディアヌスの『弁明歌』)。中世になると、大半の神学者はネロが死亡した事実を受け入れ、彼を「反キリストの擬似的表象」とみなした。中世ローマの神学者フィオーレのヨアキムによれば「海から現れる獣とは偉大な王を指す……ネロに似て全世界の皇帝のような者である」(『黙示録註解』)。

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初出:Peter Thiel & Sam Wolfe, Voyages to the End of the World, in First Things, October 1, 2025.

※本記事の全文(約10500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(ピーター・ティール×サム・ウルフ「『ワンピース』のルフィはキリストだ」)。全文では、以下の内容をお読みいただけます。
・『ウォッチメン』は反キリストの科学擁護
・最終局面で「ルフィはキリスト」が明らかに
・「世界支配」でも「終末論」でもない

文藝春秋

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『ワンピース』のルフィはキリストだ

出典元

文藝春秋

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