「落語にも連れて行ってくれた」お笑いや音楽が好きな両親のもとで育った結果…
――お父様も民謡や三味線に興味を。
しのざき 父も音楽好きでした。だから子供たちに音楽をやらせてたんです。私、姉と弟がいるんですけど、全員に音楽の教育を受けさせたいということで、父は朝起きるなり「クラシック大全集」みたいなレコードをバンバンかけていました。
それで自分たちでピアノ教室を開いて、子供たちをピアノの先生にしようと思って育てていたら、次女は吉本に行っちゃったという。
――“クラシックは聴いてもいいけど、歌謡曲は聴いたらダメ”みたいな篠崎家ルールがあったりは。
しのざき そんなことなかったですね。落語にも両親は連れて行ってくれたり。音楽も好きだし、芸事が好きな両親で。お勉強もやらされたけど、いろいろお稽古にも通わされましたね。結局、どっちも全然できなかったんですけど。
落語以外だと、一家揃ってドリフターズの映画をよく観に行ってましたね。もう、テレビでもドリフを見てたし、そんな家だからお笑いが嫌いなわけがなくて。教室やってたし、電気工事の会社もやってたから、常に家には人がいっぱい集まってて、みんなでテレビのお笑いを見ては大笑いしてました。
「スピードスケートから習字までやっていて…」子ども時代はお稽古三昧
――でも、朝になるとクラシックが鳴り響く。
しのざき 朝はずっとクラシック音楽が流れてて、学校から帰ってきたらピアノ教室が始まって、夜からは民謡教室や三味線教室も始まる。でも、荘厳なのは朝だけで、年がら年中宴会をやっているような家でしたよ。
お稽古通いもほんとに忙しくて、スピードスケートから習字までやっていて。美大受験を専門にした浦和の彩光舎っていう絵画教室にも通ってましたね。あと、あんまりにも数学ができないんで大学教授のおうちにも行かされてました。
――お稽古ラッシュでどうにかなりそうですけど。
しのざき お稽古自体は好きだったんですけど、ドキドキしちゃってましたね。ただ、勉強のほうは、ほんとダメでしたね。
大学教授のおうちに行っても、「どうやらこの子は勉強ができない」とわかったみたいで、教えてくれたのは有精卵と無精卵の見分け方で。庭で飼ってたチャボの卵を使って「有精卵はね」なんて教えられて。
庭には梅の木もあったので、梅を取って梅シロップを作ったり。おやつもガンガン食べてましたし。数学じゃなく、丁寧な暮らしを教わりに行ってましたね。
何十年後かにそこのお宅の息子さんに会ったんですけど、「しのざきに俺のおやつを食い尽くされた」としみじみ語られました。

