第2次世界大戦の終結後、日本は1952年の4月28日まで6年半ほどにわたってGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって占領された。この時期、進駐軍として訪日した米兵が、数多くのカラー写真を撮影している。

 当時の日本では「食事中の写真撮影」がタブーとなっていたが、米兵たちは構わずに写真を撮影し、その結果としてGHQ占領時代の貴重な食事風景が記録されることとなった。フィルム資料研究家である衣川太一氏が、収集した当時の写真を編集してまとめた『占領下の日本 カラーフィルム写真集』(草思社)の一部を抜粋し、GHQの食事風景や日本人の食生活を紹介する。(全2回の2回目/最初から読む

鯨肉を手にして写真に収まるクロード・M・アダムスGHQ 天然資源局漁業課生産係長と輸送船播州丸船長。戦後の食糧難を解消するためにGHQは1945年に小笠原捕鯨、1946年に南氷洋捕鯨を許可し、日本「国外」での日本人の活動が再開された(1949~52年に撮影、撮影者不明)

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 敗戦後の思い出として常に語られてきたもののひとつが食である。現在では実感が薄れているが、食事中に写真を撮ることは品のない行為として長年忌避されてきたので、当時の日本ではどのような・どのように食べ物を食べていたのかという映像記録がほとんど残っていない。

 占領軍人たちが一般の日本人と会食する機会は限られていたが、「よそもの」の彼らはそのタブーを踏み越え、しかもカラー写真で撮影していたために、数は少ないながらも食の様子が生々しくうかがえる。

 銀座にあったレストラン、銀座美松(みまつ)のショーウィンドウ。ハンバーグ、ビーフステーキ、とんかつ定食といった意外に贅沢なメニューが並ぶ。ただしフルーツ盛り合わせはミカンとリンゴのようである。

1945~49年、不明撮影者A

 銀座4丁目付近の晴海通りの露天商の一家。おかずは少ないものの、色から見ると銀シャリ(白米)を食べているようである。

1945~49年、不明撮影者A