事件直前に12匹の飼い猫をみな殺し

 邦太郎の暴力は少年のみならず両親にも向けられ、林家では長男が恐るべき存在だった。また、無類の猫好きだった邦太郎は多いときには20匹、事件前には12匹を飼っていたが、直前にその全てを抹殺していた。

 殺し方は異様で、1匹ずつ手にかけた後、四肢をバラバラにしてドブなどに遺棄。それどころか、命を奪った猫の半数を自ら食していたという。

 こうした異常な行動により、5年ほど前から前出の都立桜ヶ丘保養院で入退院を繰り返していたものの、事件当時、体調は比較的良好で図書館で働きながら自宅で療養生活を送っていた。

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 そして1957年4月1日、銭湯で和利くんを見かけ声をかける。邦太郎は以前から日記をつけていたが、この日から始まった日記のノートは『若松湯』と題されており、こんな記述があった。