「セツとの散歩」だけが救いだった…「ばけばけ」では描きづらい、小泉八雲が熊本で味わった“3年間の孤立”

「英語教師・佐久間信恭」を最初は絶賛したが…

ところが、熊本で八雲が出会ったのは、西田とは正反対の、腸(はらわた)が煮えくり返るような人物ばかりだった。

中でも、八雲の心情をもっとも害したのが「ばけばけ」に登場する作山(橋本淳)のモデルとされる、英語教師の佐久間信恭という人物であった。

この人物、長男・小泉一雄が『父小泉八雲』(小山書店1950年)の中で「但し、佐久間氏とは後に大喧嘩した」と記しているくらいだから、相当八雲をいらだたせた人物である。

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ところがこの人、別に悪人ではない。むしろ、21世紀の日本顔負けの外国人ヘイトに満ちた当時の熊本の中では、極めて先進的な人物である。もともとは、横浜で英語を学んだ後に新渡戸稲造や内村鑑三らと共に札幌農学校に進学。同志社(現在の同志社大学)などで教鞭を執った後に、熊本高等中学校に赴任している。内村鑑三をキリスト教に導いたのは、この佐久間だとされている。

八雲としても第一印象は悪くなかった。赴任直後には西田に宛てて「知識も豊かで、読書を好む親切な人物」と絶賛する手紙まで送っている。

ところが、間もなく二人の仲は険悪になっていく。

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八雲がいらだったのは、佐久間のキャラ設定である。佐久間は札幌農学校卒。西田と同じく大学は出ていないが、苦労を重ねて今の地位にたどり着いた人物だ。

だが、その泥臭い経歴を微塵も感じさせない男だった。

「文明人を演じている」かのようだった

宗教はプロテスタント(資料によってはピューリタンと記されることもあるが、佐久間が教えを受けたのはオランダ改革派の牧師である)で酒も煙草もやらない。英語が得意で、服装もオシャレ。つまり、信仰すらも「イケてるアイテム」として身につけていたことだ。

明治のこの時期、プロテスタント(特にアメリカ系)信仰は、一種のステータスシンボルだった。仏教? 神道? ダサい。カトリック? 古臭い。これからの時代はアメリカ直輸入の最新キリスト教!!(舶来志向でも真面目な人はイギリス伝来の救世軍などへ)そんな空気があった。