熊。2025年の「今年の漢字」である。昨年は北海道でも本州でも熊が市街地に現れ、数多くの人身被害がもたらされた。熊の世界と人間の世界を隔てる境界線はどうなってしまったのか、と世間は戸惑いを隠せなかった。

 同時期に「週刊文春」で連載されたのが河﨑秋子さんの『夜明けのハントレス』だった。札幌に住む女子大学生のマチが狩猟に出合い、新人ハンターの道を歩み始める姿を描く狩猟エンタメ小説だ。

夜明けのハントレス』書影

「“つよつよ”な女の子を主人公にしようというのが企画の端緒でした。強い女子が活躍できる場として馬術や百人一首などの案が出ていたんですが、そのときにちょうどOSO18(北海道東部で牛を60頭以上襲い『怪物』と呼ばれたヒグマ)の話題を見て、狩猟の世界はどうかと。

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 撃たれた動物にとっては撃った人がベテランなのか新人なのか、男性なのか女性なのかは関係がありません。そういう意味でフラットな世界が書けるんじゃないかなと思ったんです」

 河﨑さんのご実家は酪農家。自身も酪農・牧羊の仕事をしながら作家デビューしたという経歴の持ち主だ。

「鹿が牧草を荒らしに来るので、その対策として兄が狩猟免許を持っていました。兄が撃って私が捌く、という分担だったので、作中の“止め刺し”の描写には実体験が活きていると思います。狩猟に憧れはあったんですが、結局自分で銃を持つことはなかったです」

河﨑秋子さん

 ハンターへの道のりは決して平坦なものではない。免許取得のための条件や経済的負担、そして周囲の人間の温かいばかりではない視線――。

 それでもマチは、新田(にった)という先輩ハンターを師匠とし、彼のもとで一つひとつ経験を積んでいく。そして単独でも猟に出られるようになったある日、マチの目の前に1頭の熊が現れる――。

「これまでにも『肉弾』や『ともぐい』で熊との格闘を書いてきました。それらと比べて今回特徴的なのは“都市から見た熊”を書いたところかなと感じています。札幌という都会で育ち、純粋な興味からハンターを志したマチの目を通すことで、現代においてよりリアルな熊を描きたいと考えました。

 昨今の熊報道によって『熊は怖いものだ』と過剰に恐れたり、逆に過剰な保護欲を抱いたりする人がいます。そういう人に『実際のハンターは殺すだけではなくて、こんなことを考えながら山の中に入って、こういうルールを守りながら撃っているんだよ』と知ってもらう一つのきっかけになったらいいなと。ちゃんと知ってちゃんと恐れることが大切なんだと思います」

河﨑秋子(かわさき・あきこ)
1979年北海道別海町生まれ。2014年「颶風の王」で三浦綾子文学賞を受賞し、翌年に単行本デビュー。24年『ともぐい』で第170回直木三十五賞受賞。

夜明けのハントレス

河﨑 秋子

文藝春秋

2026年2月20日 発売

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