これらの伝承に親しんだ結果、30歳になる少し前、『ともぐい』の前身となる物語を書いた。明治時代の猟師がクマと戦い抜く内容だ。自分の中の密かな恐れと、資料からうかがえる人々の体験談を興味深いと思えたことを原動力に、なんとか綴ることができた。
それからたった15年程度の間に、まるで開拓時代の牛食いグマそのもののようなOSO18の存在が全国にまで報道され、令和に至ってもクマによる人身事故が増えてきてしまった。
幸い、今私が住んでいる地域はクマの生息圏からは遠いものの、夏から秋にかけてクマの事故が連日夜のトップニュースに登場する事態は、まったくの想定外だ。もはや伝承やイメージ、創作物を超えた現実のクマとどう対峙するべきか、という問題を報道を通じて全国すみずみまで突きつけられたようなものだ。
もちろん現実のクマ問題は私にとっても創作の転換点となった。社会としてどう現実のクマ問題に対応するべきか。そこに個人として向き合っていこうと思った場合、どんな物語が人々に受け入れられるだろうか。
そう考え、『夜明けのハントレス』という小説に挑んだ。舞台は現代の札幌。若い主人公が純粋な興味からハンターとなり、経験を積みつつ最終的には他のハンターと共に人に被害を与えたクマを追う物語だ。これまで通り昔の資料を参考にすると同時に、活動中のハンターに取材をしたりと、可能な限り現実的なクマとの戦いを小説内に再現することを試みた。
その過程で改めて学ぶことは多かった。例えば地域を荒らす一頭のクマがいたとして、ハンターそれぞれにその個体に対する見方は異なる。さらに、単に「人里近くに出没したから駆除する」という単純な話ではなく、そこに住む人々、駆除を依頼される猟友会の事情、地形、産業、あらゆる条件を考慮してはじめて「この場合はどうするべきか」が決定される。よその地域に住む人々が「もっといい方法があったのでは」と想像を巡らせたり、心優しい人が「殺さずに山に帰す方法はないのか」と案じる気持ちは尤もだ。だが、現実には現場の人たちにとってのベターな解決法をとらざるを得ない。『ハントレス』ではこういった、イメージや感情から離れたリアルな物語を書きたかった。それは、ある程度は成功できたものと思っている。ただし、まだ書き足りない思いもある。イメージのクマも、現実のクマも、書かれるべきことはまだ無尽蔵にある。
過去の先人たちの記録によれば、野生の生き物の出現には波がある。数が多くて困っていた鹿が、一度の大雪で身動きが取れず餓死し、絶滅の危機に瀕した例。逆に特定の外来生物が爆発的に増えた例。その中で、クマと人間との距離は今後も近くなったり遠くなったりすることだろう。
現実のクマ、伝承のクマ、物語のクマ、そしておのおのが心の中でイメージするところのクマ。大事なのは、人間がそれぞれのクマの形をきちんと見据え、記録し、過去に学ぶ姿勢を崩さないこと。物語は、小説は、その中でどんな役割を果たせるのか。書いても書いても終わりが見えない。
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
1979年北海道別海町生まれ。2014年「颶風の王」で三浦綾子文学賞を受賞し、翌年に単行本デビュー。24年『ともぐい』で第170回直木三十五賞受賞。
