西村 当時、東大では親の年収が400万円以下だと学費が全額免除だったのが大きな救いでしたね。その頃には父は既に会社を潰して没落しており、実家は非課税所得世帯になっていたので、学費は支払う必要がなかったんです。私はすでに結婚して所帯を持っていましたが、そうした事情は考慮されませんでした。
――ご実家はまた下り坂になっていたんですね。
西村 その頃、両親とほとんど交流がなかったのですが、8LDKの自宅は2012年時点で競売にかけられてしまっていたようです。それから、実家に暮らしていた母と兄は京都府八幡市のボロいアパートに暮らすようになりました。
「君はこういう世界に向いていると思う」
――ところで西村さんはどうして精神科医を目指したのでしょうか。
西村 医学部生は、国家試験合格後の医師免許取得後に初期研修で2年ほどいろんな科を回るんですね。ちょうどそのころ、2人目の子どもを妻が里帰り出産していたんです。それで、妻の実家に近い四国中央病院で初期研修をさせてもらえば、家族いっしょに暮らせるし、ちょうどいいなと思ったんです。
四国中央病院では、精神科を1ヶ月やることが義務付けられていました。そのとき、依存症当事者の家族を支援するCRAFTプログラムの提唱者として有名な吉田精次先生と出会いました。先生は診察の際に、私を陪席させてくれて、やり取りについてどう思うか尋ねてきました。私が答えると、「君はこういう世界に向いていると思う」と仰ったんです。それがきっかけですね。
あとから当時のことを振り返ると、依存症患者は親子関係に問題を抱えている場合が多くあり、私も少なからず親子関係に葛藤があるので、そうした医療者が患者を診ることに一定の意味があるという意図だったのかなと思います。
――ご自身も複雑な家庭環境で育ちました。精神科医を目指す上で、「自分自身も何か問題を抱えているのではないか」と不安を感じることはありませんでしたか。
西村 ありましたよ。「自分がアスペルガーの父親や依存的な母親の血を引いているんじゃないか」と考えたこともあります。ただ、好ましいかどうかは別として、精神科や人を助ける仕事に就く人は、自分自身も何かしらの問題を抱えている人が多いんですよ。彼らは患者さんを治療することによって自分の問題と客観的に繋がり、ある意味で「セルフケア」をしている側面があるんだと思います。
