きょう2月28日、“トシちゃん”こと田原俊彦が65歳の誕生日を迎えた。1980年にデビュー。ドラマ『教師びんびん物語』のヒットなどを経て、32歳で結婚。その後、世間から大きなバッシングを受ける出来事が……。(全2回の2回目/はじめから読む

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 1994年2月、長女誕生に際し、押し寄せるマスコミから妻や娘を守るため記者会見を開くと決めた田原俊彦。彼としてはあくまでエンタテインメントとして対応するつもりで会見に臨んだという。

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 冒頭では「きょうはお忙しいなか、マスコミ嫌いの田原のためにお集まりいただいてありがとうございます。これまで半年近く極秘を続けてきたつもりですが、きょうは100歩譲って、僕のエンジェルちゃんのために頑張りたいと思います」と挨拶。会見中はすっかり“パパの顔”で終始にこやかに記者たちとやりとりした。そのなかで「何事も隠密にやりたかったんだけど、僕くらいビッグになってしまうと、そうはいきません、というのが、よくわかりました」と冗談めかして口にすると、笑いが起きたという。しかし、あとでテレビなどで報じられた際に「ビッグ」の部分だけが切り取られたために、何様のつもりだと非難を浴びる結果となってしまう。

田原俊彦(1997年撮影) ©時事通信社

「自分がまいた種は自分で刈り取る」

 ただ、田原自身は後年、《マスコミ側から見ると、バッシングに至るまでの経緯があったんですよね。当時、僕は半年ほどの間、一切マスコミと接触をしなかった。彼女ができても喋らない。子どもができても喋らない。おそらくそんな僕に対する取材側の不満が、限界までふくれあがっていたんじゃないでしょうか。と、今ならわかります》と省みている(『婦人公論』2014年9月7日号)。

「ビッグ」という発言が切り取られてバッシングされたことも、《発言したことは事実だから、うまくコントロールできなかったのは自分が悪いと思わないといけない。人気を失った時に言い訳したり、他人のせいにしても何の得もない。自分がまいた種は自分で刈り取るのが基本だと思う》とマスコミのせいにはしなかった(『anan』1996年7月26日号)。