2026年2月20日、札幌地方裁判所で1つの判決が言い渡された。北海道の高校でデッサン講師を務めていた50代の男性が、教え子への性的虐待を理由に1100万円の損害賠償を命じられた。被害者は在学中の15歳から3年間にわたり性的虐待を受け、重度のPTSDと解離性同一性障害を発症した。加害者の男はのちに人気漫画アプリ「マンガワン」(小学館)で『堕天作戦』を連載していた漫画家・山本章一(本名・栗田和明)であることが判明する。

 判決から1週間も経たないうちに、この事件は漫画業界を揺るがすスキャンダルへと発展した。筆者は長らくマンガ業界についての取材を重ねてきた経験から、2024年の「セクシー田中さん問題」と同様、本件も出版社の不作為が問題であると指摘したい。

小学館 ©時事通信社

 2020年2月、栗田氏は児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)により逮捕・略式起訴され、罰金30万円の処分を受けた。このとき『堕天作戦』は休載することになるが、逮捕からわずか数日後の2月28日、『堕天作戦』の公式Xアカウントは「3月4日より連載を再開できることとなりました」とアナウンスしている。休載理由は、説明されることはなかった。

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 そして2022年10月、『堕天作戦』は「マンガワン」での掲載を正式に終了することになる。このとき作者の栗田氏はXの公式アカウントで「現在も継続中の私的なトラブルによるもの」「小学館とマンガワン編集部には感謝している」とコメントを発表している。その2カ月後の2022年12月、栗田氏は「一路一」という別名義の「原作者」として、新連載『常人仮面』を「マンガワン」でスタートさせた。

編集部が隠蔽に加担しようとした意図があったと解釈されても…

 栗田氏が漫画家としてではなく、漫画原作者としてリスタートを図った点に注目したい。漫画という表現形式には、他のジャンルにはない特徴がある。作家をもっとも端的に同定するのが「絵柄」だ。文章であれば文体を変えることで別人を装うことはある程度可能だが、長年にわたって培われた漫画家の絵柄はその作家固有の指紋であり、同業者であれば一目でわかる。

 漫画制作において原作者と作画担当を分業する形式は一般的だが、今回の選択がもたらした効果は明白だ。絵を描かない「原作者」として起用することで、もっとも個人を同定しやすい「絵柄」を表に出さずに済む。正体を隠して活動を再開できる、というわけだ。

 もちろん栗田氏が『堕天作戦』を個人出版で継続する意向があり、それとの同時執筆が難しいという実務的な理由もあるだろう。だが、わざわざペンネームを変えているのだから、「同一作者と認識されることを避ける」意図があったのは疑いようがない。

 では、栗田氏と直接やりとりをしてきた担当編集者はどこまで知っていたのか。これが1つの争点となる。ペンネーム変更が誰の指示かによっても、責任の所在は大きく変わってくる。

 見過ごせないのは、担当編集者が示談交渉の場に加わっていた事実だ。「産経新聞」の報道によると、担当編集者は2021年5月、栗田氏と被害者女性が和解を協議していたLINEグループに参加し、示談金の支払い、連載再開の中止要求の撤回、そして「性加害について口外禁止」という3条件を盛り込んだ公正証書の作成を提案したとされる。「口外禁止」条件の提案は、編集部が問題の隠蔽に加担しようとした意図があったと解釈されても、反論が難しい。

 さらに言えば、出版社には本名と住所が著述者登録されているため、編集部が「一路一」と「山本章一」が同一人物であることを知らなかったとも考えにくい。