声明発表後、多くの作家たちがみずからのキャリアリスクを負って抗議に踏み切った。大童澄瞳氏(『映像研には手を出すな!』)、こざき亜衣氏(『あさひなぐ』など)などをはじめ、「マンガワン」での掲載中止を申請したり、態度を表明した作家は、筆者が観測した限りにおいてすでに100名以上にのぼる。

 また、現在では高橋留美子作品(『らんま1/2』『めぞん一刻』)や『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人、作画:アベツカサ)までも「この作品は掲載終了いたしました」と表示され、作品の閲覧ができなくなっている。一連の騒動が続くなかでのタイミングであり、本件と無関係とは言い難い。すでに漫画・アニメ関連の海外ニュースでも取り上げられ、小学館のIPの海外進出にも影響を及ぼしかねない状況だ。

「葬送のフリーレン」など多くの作品がマンガワンで読めなくなっている

 漫画家たちからすれば、編集部から何の説明もされず、係争中の被告人と組まされる可能性があり、場合によっては連載作品が頓挫する危険性があるのだから他人事ではない。いち早くnoteで詳細な告発を行った江野朱美氏(「マンガワン」にて『アフターゴッド』連載中)はこう記している。「被害者が命を懸けて告発した勇気と比べれば、その些末な不安(※編集サイドから逆恨みされる可能性)になんの価値もなんの意味もない」と。正当な抗議を行った作家が仕事を失うことがあってはならない。

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 本件は、作家たちが声を上げなければ、ここまで表面化することはなかったと考えられる。一方で、センセーショナルな扱いには慎重であるべきだ。本記事においても、被害者のプライバシー保護のため、具体的な被害内容の記述は最小限にとどめた。被害者が現時点でどのような対応・支援を望んでいるか、外部には知るすべがない。代理人弁護士を通じた発言以上のことを第三者が代弁することは、かえって被害者の意向を損なう恐れがある。

 小学館に誠実な対応を求め、組織としての説明責任を果たさせること。それが結果として被害者への最低限の敬意になると考える。

小学館は「楯となって情報発信」することができたのか

 4年近くにわたる裁判闘争を経て被害者がこの問題を社会に知らしめ、作家たちがリスクを負って声を上げた。その勇気に応えるためには「不適切な対応でした」という1行の謝罪では到底足りない。学校側も出版社側も「知っていた」あるいは「知り得た」立場にありながら動かなかった。その責任を問うための情報が、まだ十分に開示されていない。

 別名義の採用、原作者という起用形態、訴訟継続中というタイミング——これらの「偶然の一致」についても、編集部はいまだ明確な説明を行っていない。

 小学館が2024年に公表した「セクシー田中さん問題」の調査報告書は、改善策の最後をこう結んでいた。

「万が一にも、作家や編集者がSNSによる論争の矢面に立つようなことが生じた場合は、作家や編集者が孤立しないように、事案に応じて、会社が楯となって情報発信することを検討することが望ましい」

 今回、SNSで声を上げた作家たちが矢面に立つなか、小学館が「楯となって情報発信」したと言えるのだろうか。自社の報告書に記された言葉が、同じ組織で活かされなかった。

 3月2日夕方、小学館はあらたに「マンガワンにおける新たな原作者起用問題と第三者委員会設置について」との声明を発表した。ここでは本件以外にも有罪判決を受けた作家がペンネームを変えて活動している事実の公表と、第三者委員会の設置を検討している旨が発表された。

 調査委員会の具体的な構成と独立性を速やかに明示すること。担当編集者・当時の編集長の処遇を明らかにすること。そして編集部内での情報伝達の内容——すなわち組織が何をどこまで把握していたか——を解明すること。これらが示されない限り、小学館が「人権・コンプライアンス意識の欠如があった」と認めた言葉は、説明責任を果たしたことにはならない。

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