出版社だけではない。学校側の責任もまた、問われなければならない。
札幌地裁での裁判で原告代理人を務めた河邉優子弁護士は判決後の会見で、本件被害者女性より以前に同様の手口で被告から性的被害を受けた生徒が学校へ相談していたにもかかわらず、何ら対応が取られなかったと主張した。また他の教員がSNSに「今日もJKとLINE交換した」「今日は生徒と肩を組んだ」などと投稿していたとも述べ、組織として機能不全に陥っていた実態を明らかにした。
裁判所は「被告は原告の年齢相応の両親への葛藤や自己肯定感の低さにつけ込み、自らが優位に立つ関係を意図的に形成した」と認定。被害者は陳述書で、行為中に意識を遠ざけることを繰り返すうちに「自分の心から自分を追い出すことが癖になり、乖離状態になるようになった」と述べた。加害者が巧みに「漫画の話」という入り口を使って接近したことも裁判所は認定しており、被害者にとって漫画は加害の道具として使われたのである。
学校側は裁判を通じて一貫して「合意に基づく交際関係」と主張し、判決後も謝罪はないとされている。使用者責任は法的に棄却されたが、事前に相談を受けながら動かなかった道義的責任は、法廷の外で問われ続けるべき問題として残っている。
裁かれたのは児童ポルノ禁止法違反の部分だけ
ここで、なぜ刑事責任を問えないのかという点を整理しておきたい。栗田氏が2020年に問われたのは、児童ポルノ禁止法違反(製造)の一点のみだった。つまり、犯行中に撮影した画像を所持していた、ということだ。3年間にわたる性的虐待・暴行という行為そのものは、刑事的にまったく裁かれていない。性加害は証拠の不足や「同意」に関する司法判断のハードルの高さが理由で、刑事事件化しにくいという実態がある。
この構図は、かつてジャニー喜多川氏による性加害問題が問われた際と重なる。ジャニー氏の性加害もまた刑事事件として立証されることなく、2004年に決着した「週刊文春」との名誉毀損裁判という民事手続きの中で「事実」と司法に認定された。刑事では裁けない性犯罪が、民事という場でようやく認定される——今回もその構図だ。
なお、ジャニー氏はすでに死亡しており本人への法的追及が不可能だったのに対し、栗田氏は存命であり、今後の法的手続きの可能性は残されている。
