血塗られた“掟”

 これまでであれば、党宣伝扇動部長に昇進したとみられていた金正恩氏の実妹、金与正氏だっただろう。

 ジュエ氏も与正氏も、金日成主席の血筋を引く「白頭血統」だが、最高指導者の娘であるジュエ氏からみて、叔母の与正氏は「キョッカジ(枝)」にあたる。かつて金正日氏は「幹を立派に育てるためには、枝を全部切り落とせ」と指示し、叔父や異母弟などとの権力闘争に勝利した。金正恩氏は13年12月、叔父の張成沢・元国防副委員長を処刑した。

 与正氏も処刑劇を目撃している。与正氏と正恩氏の関係も良好だという。与正氏は兄への愛情と自らの保身を考え、ジュエ氏の宣伝に一役買っているのだろう。

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 一方、軍事パレードを見物する幹部の写真も配信されたが、与正氏は隅の方で小さく写っているだけだった。

金与正氏がひっそり写った写真(画像は朝鮮中央通信ホームページより)

 朝鮮中央通信が26日に配信した、党政治局会議の写真でも、政治局員候補として出席した与正氏の姿を正面から捉えた写真はなく、髪形から与正氏だとわかる写真が2枚あるだけだった。元党幹部の一人は「自分もキョッカジである与正氏は、讒言されないよう、慎重に振舞っているようだ」と語る。

政治局会議の金与正氏(画像は朝鮮中央通信ホームページより)

 しかし、朝鮮中央通信は2月28日、金与正氏が党総務部長に就任したと伝えた。市民から幹部まで最高指導者を除くすべての人間の思想強化を担当する宣伝扇動部に比べ、総務部はほとんど権限がない。あるのは、党の文書管理という冴えない権限だけだ。この人事をどうみたらいいのか。一方では、白頭血統の金与正氏が自由に動き回れるようにしたという解釈が成り立つ。

 他方では、金正恩氏が金与正氏の台頭を恐れ、宣伝扇動部から切り離し、権限がほとんどない部署に追いやったとも言える。報道写真を選ぶ権限も、もはや金与正氏にはないかもしれない。そうであれば、小さく写った金与正氏の姿は、「自ら慎重に振舞った結果」ではなく、「周囲から慎重に振舞うよう求められた結果」ということになる。

 これまで元党幹部の一人は「金与正は頭を低くし、時機をうかがっているのだろう。ジュエが権力を握る前に金正恩の身に何かあれば、金与正の部下たちが権力を簒奪するようにささやくはずだ」と語っていた。しかし、党規約通りなら、総務部長になった金与正氏の部下は激減したはずだ。金与正氏がキム・ジュエ氏のライバルの地位を維持できたかどうかは、今後、金与正氏が発表してきた米国や韓国、日本などに対する談話を今後も続けていくかどうかなどで判断するしかないだろう。

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