「犯人とそっくり」

 8月31日、唯一の犯行目撃者である被害者すず子さんの母親による那須容疑者の面通しが行われ、彼女は「犯人とそっくり。髪型も横顔の輪郭も全く同じ。後ろ姿も一致している」と証言。事件直後の警察に対する調書では「犯人の顔はほとんど見ていなかった」と述べていたにもかかわらず、同容疑者を犯人と断言した。

 そこには犯人に対する憎悪と先入観、そして警察の巧妙な誘導もあった。

 アリバイを否定され、誤った目撃情報もあいまって那須容疑者の立場はどんどん危うくなっていく。が、本人からの自白は得られず、決め手となる証拠もない。そこで警察は20日間の勾留期限が過ぎるころ「犯人は変態性欲者」との見立てのもと、同容疑者の精神鑑定の実施を決定。

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 さらに30日間の勾留が認められ、弘前医科大学の学長で精神医学が専門の丸井清泰(1886‒1953)がこれを担った。ちなみに、丸井学長は被害者の夫・松永教授の直属の上司で、鑑定期間として設けられた9月10日から10月25日までの45日間で同学長が那須容疑者に面会したのはたったの1日、わずか15分のみ。

 しかも、その際の質問が「日本一高い山は何か?」「馬の脚は何本?」「いろはを答えよ」といった小学生レベルの内容ばかりだったにもかかわらず、丸井は同容疑者の知人十数人からも話を聞いたうえで「表向き柔和に見えるが、内心には残虐性とサディズム的傾向がある」という驚きの診断を下す。

写真はイメージ ©getty

 さらに、丸井は精神鑑定のみを依頼されていたのを忘れたかのように「精神医学者、精神分析者として被疑者が真犯人である」とまで言い切った。部下の妻が殺害されたという事実に影響された予断と偏見があったことは明らかである。

次の記事に続く 「真犯人が名乗り出ました」殺人事件で逮捕された男を救ったのは1本の電話だった…“本当の犯人”が自白した「衝撃の理由」(昭和24年の冤罪事件)