尾根伝いに法林寺城へ
主郭まで戻り、東へ法林寺城を目指す。このあたりの道は尾根伝いでわかりやすい。鞍部を経て緩やかな登りへ。するとすぐに、ワクワクするものが見えてきた。
法林寺城、突入。ここから堀切は断続的に現れる。尾根上ではなく脇を山道が通っていると、堀切の断面まで見えて面白い。
やがてピークが見え、法林寺城の主郭に到達。標高341m。ここまでの二城同様、丁寧に削平された、いかにも山城の曲輪である。眺望の良さも同様だ。
これで無事、三城制覇で残すは二城。距離的にも半分を越えたあたりか。時刻は13時半。極めて順調だ。
いよいよ最奥部の本城へ
法林寺城から祐向山城までは、この五城巡りコースの城間で最長の区間。しかも、ここから先は「文殊の森」ハイキングコースからは外れてしまう。
その道の入り口には「ここから先は踏み跡程度」という、やや気になる文字も。とはいえまだまだ陽は高い。行くしかない。
道は案ずるに反して、比較的わかりやすかった。法林寺城までは「文殊の森」のエリア内といった位置付けで、木の階段なども設けられていたため、それに比べれば雲泥の差だが、「踏み跡」は明確でおおむね尾根伝い。下草もほとんどなく見通しもよい。このまま進んでいけば、迷うことはないだろう。
法林寺城から40分ほど歩いたところで、テンションの上がる光景が目の前に現れた。堀切とその上に架かる土橋である。
ついに四城目、祐向山城にたどり着いたのだ。
先ほどの法林寺城の堀切もそうだが、こういう「ここからが城域」という光景が、山城を歩いていてもっとも気持ちが上がる瞬間である。主郭に到達した時よりもこっちの方が嬉しい。
しばらく進むと、再び似たような堀切と土橋が目の前に。
しかも正面には壁のような切岸。祐向山城で最重要の防衛ポイントだ。城内から雨あられと降り注ぐ矢や礫石をくぐりぬけ(あくまで想像)、切岸を這うように主郭まで登り切る。祐向山城、攻め奪ったり。
広さは中の城よりは広いが、山口城、法林寺城よりはかなり狭い。それでも、ここが一帯で標高はもっとも高いし、少し奥まった位置にある。ここを本城とし、他の支城群と連携して防備を固めたのは理にかなっているだろう。
龍興も居城を奪われて一度は泡を食ったものの、祐向山城に落ち着いてからは「来るなら来てみろ」と、悠然と構えていたのかもしれない。そうやって気分一新、戦国大名としての矜持を取り戻したのなら、半兵衛による戒めは功を奏したともいえる。
結局、半兵衛は城を奪って半年後に、稲葉山城を龍興に返還している。






