——病名はいつわかったのですか?
間瀬 最初は出血の原因もよくわからなかったんですが、3日後に脳専門の病院に転院して、そこで初めて脳動静脈奇形と説明を受けました。そして「開頭手術をします」と言われたんです。
——いきなり開頭手術は衝撃ですね。
間瀬 「死ぬ可能性はありますか?」と聞いたら、先生は「あります」とはっきり言いました。取り乱してしまって「そんなはずがない」と騒いだり「もう一度調べてほしい」と言ったりしていたようなんですが、だんだん体のコントロールができなくなって、車椅子の上で気を失ったようで気づいたらベッドの上でした。
「何が大丈夫なんだ、嘘つくな!」と看護師の気づかいに反発することも
——手術まではどう過ごしていたんですか。
間瀬 自暴自棄になって「手術せずに死にたい」と思っていました。それで看護師さんに八つ当たりして、毎日ご飯をひっくり返したり点滴を倒したり……。
看護師さんが食事を持ってきてくれると「大丈夫ですよ」「死なないですよ」って声をかけてくれるんです。不安にならないように言ってくれているのですけど、「何が大丈夫なんだ、嘘つくな!」と思ってしまって当時の僕はその優しさを受け取れませんでした。
——「死ぬかもしれない」と言われてナーバスになる気持ちはわかります。
間瀬 でも少し時間が経つと「悪いことをしたな」って冷静になるんです。僕が当たり散らしてもニコニコしながら片付けてくれるし、数時間後には「早く治しましょうね」とご飯を持ってきてくれる。
看護師さんが僕の味方でいてくれようとしているのはわかっているのに、イライラして当たってしまう。怒りと罪悪感と不安とが入り混じって、自分が自分じゃないみたいでした。
——何に対するイライラが大きかったんですか?
間瀬 「死ぬかもしれない」というのがもちろん一番大きかったんですが、ちょうど大きな仕事が決まりそうだったのも辛かったです。選考も最終段階まで進んでいて、最初は先生も「その撮影には間に合うと思うよ」と言っていたのに、手術の日程がわかり、更に術後は簡単に飛行機に乗れないことがわかり……とだんだん現実が押し寄せてきて、人生終わった……と思いました。
——その仕事にかけている部分が大きかったんですね。
間瀬 僕は10代の頃は家庭環境もあってグレちゃってたんですけど、芸能界に入れてもらってやっとちゃんと頑張れるものができた気がしていました。真面目に生きてればいつか報われると思ってやってきて、大きな仕事が決まりかけたタイミングでこんなことになるなんて……と腐ってましたね。
——その後、どう気持ちの変化が訪れたのですか?

