母親が闘病中に書いたノートを読むと驚きの内容が…
間瀬 お母さんが病院に、お母さん自身が乳がんの治療をしてたときの日記を持ってきてくれたんです。僕がずっとイライラしていてまともに話もできない状態だったので、「暇だったら見ていいよ」と日記を置いていってくれて。
読み始めたら「夫に話をして泣けてスッキリした」と書いてある日もあれば「怒って暴力をふるってしまった」と書いてある日もあって……。
——そのときの間瀬さん自身と重なった?
間瀬 闘病中でも僕自身はお母さんの涙を一度も見たことがなかったので衝撃でした。むしろいつも笑わせようとしてくる人だったのに、実は感情の起伏があって泣いたり怒ったりしていた。自分と同じ気持ちを味わった人がいるのが心強いなと思いました。
それで僕も覚悟が決まって、とことん病気と向き合ったうえで死ぬならそれは仕方がないと思い、遺書のつもりでブログを書くことにしたんです。
——とても大きな話題になりましたよね。
間瀬 ブログをアップして寝て起きたらスマホの通知が止まらなくて、「なんだろう?」と思ったら「大丈夫ですか」「応援しています」と続々とメッセージが届いて。何十万人という人が読んでくれて、驚くと同時にこんなに関心を持ってくれる人がいるならまだ生きていく道がある、とも思えました。
それからは毎日病気についてのブログを書くようになりました。当時僕が調べた中では同じ病気を公表している芸能人が日本にはいなくて、それなら僕がみんなに届けていこうと。気づいたら自然と「死にたくない」と思っている自分がいました。
——その状況で手術が近づいてくるのは怖くなかったですか?
間瀬 最初はむしろ早く来てほしいと思ってたんですけど、手術で歯が折れたり目が見えなくなるかもしれず、最悪脳死状態になる可能性もある、という後遺症の説明を先生から聞いて、2日前ぐらいから一気に恐怖心が増してきました。
でも担当医が「失敗する可能性が20%はある手術だけれど、俺が手術するんだから0%だ」と言ってくれて、その言葉を頼りに手術に臨みました。
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