心臓を破壊されても100メートル走るクマ

  文献の中で最も河﨑氏の印象に残ったのは、クマの生命力に関する記述だ。「過去の猟師たちの文献や聞き書きの記録には、『弾が心臓に達し、確実に破壊しているにもかかわらず、100メートルも走って追いかけてくる』といった記述があります」。

  致命傷を負っているはずなのに、なお動き続けるクマ。「『頭を狙っても頭蓋骨が厚く、弾が弾かれて致命傷にならないことがある』と聞くと、その恐ろしさが分かります」と河﨑氏は語る。シカであれば一発で仕留められることも、クマ相手ではそうはいかない。

 

  だからこそ、ハンターたちはクマに特別な感情を抱く。小説の中で、ベテランハンター・勇吾は「勝ちたい」と繰り返す。「クマは人間を捕食対象として攻撃してくる可能性がある。それは本質的な恐怖です」と河﨑氏。そのような存在であるクマに対し、「食われることを極端に恐れている」からこその「勝ちたい」という言葉なのだ。

ADVERTISEMENT

仕留めたクマを車で運搬するのも重労働

 現代と過去の猟を比較すると、技術の進歩が明らかだ。「機材は新しくなり、昔はなかったスコープも普及しています。また、法律も当時とは異なります」と河﨑氏は指摘する。

  何より大きいのは移動手段の発達だ。かつては徒歩で何十キロも移動していたが、今は車が使える。「それは非常に良い変化だと考えています」と河﨑氏。とはいえ、「それでも、あれほど大きな動物を山中で仕留め、車まで運び、里に持ち帰るのは相当な重労働です」。クマともなれば何百キロにもなる。「相応の性能を持つ車でなければ運搬は難しいでしょう」。

新刊『夜明けのハントレス』(文藝春秋)

  過去の文献が示すのは、クマという存在の圧倒的な力と、それに立ち向かった人間たちの執念だ。現代のハンターたちもまた、その系譜を引き継いでいる。河﨑氏の小説『夜明けのハントレス』は、そうした歴史と現在をつなぐ一冊ともなっている。

最初から記事を読む 雪上に広がる真っ赤な血…「止め刺し」まで行うハンターに同行し目撃した直木賞作家が語る「狩猟のリアル」