WBC連覇に挑む侍ジャパンの初戦相手、台湾。2024年に国際大会「プレミア12」で優勝したこともあり、台湾でのWBC熱はすさまじく、多くのファンが球場に押し寄せた。

 日本統治時代に生まれた97歳の林良清さんもその1人。孫娘の林子均さんに連れられて観戦に来た。元野球少年だったという林さんは試合前、日台両チームへの思いなどを語ってくれた。

97歳の林さん(右)。孫娘と一緒に、日本との試合を観戦した (林子均さん提供)

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「大負けで終了」日本戦の結果を“予言”していた!

 オーストラリア戦の結果、もうがっかりでしたよ。今年の台湾はダメだと思う。プレミア12で台湾が優勝した? いや、あのときに戦ったのは本物の日本のチームじゃなかったでしょう。大谷翔平さんも出ていなかったですし。

 今夜の日本戦は大負けで終了するんじゃないですか。日本は強いですよ、特に大谷さんのイメージがすごい。今日は大負けしなけりゃいいんじゃないですかね。

 私は台南市の出身で、生まれは1929年。私が初級中学のころまで日本が統治していたんですよ。なので、日本語で教育を受けていました。日本の新聞を小学時代から読んでいたから、戦後に大陸から入ってきた中国語は、私にとっては発音が難しい。

 野球も、ずっと子どもの頃からやっていたんです。少年野球から中学、大学を出て、予備士官、兵学校とか。機械屋で空軍のほうにいたんだけど、あのころは海軍、空軍など軍人の試合が全国的にあったから、それにも参加しています。社会に出てからは野球はしていませんが、ずっと興味はあるんですよ。

試合観戦中の林さん (林子均さん提供)

 台湾の野球といえば、1931年に嘉義農林学校が甲子園で準優勝もしているんです(『KANO 1931海の向こうの甲子園』のタイトルで映画化)。その時代、私はまだ幼かった。あのチームは台湾人と日本人も入っている。

 私は鋳物の会社でずっと働いて、政府の公費で1年、米国にも行ったこともありました。台湾では戦後、お医者さんとか教師とか、たくさんインテリを捕まえる時代もありました。今は民主化して、発展しましたね。

次の記事に続く 「チケット争奪戦は本当に大変でした」侍ジャパンWBC初戦の『プラチナチケット』を入手したカップルが明かす“意外な攻略法”

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