母は静かに「わかったよ」とだけ言いました。その短い言葉に、母が心の底から応援してくれていることを感じました。多くを語らない。これが菊池家の「呼吸」です。
それからの2年間、僕は放課後の16時から22時まで、ひとりで365日練習を続けました。
あれほど練習した時期は、今でも他にありません。
あの日から20年。今、母は僕の会社で事務員として働いてくれています。事務員といってもパソコンは苦手なので、実際は“掃除係”ですが、まさか母と同じ会社で働く日が来るなんて思ってもいませんでした。
どんなに苦しい家計でも、弱音を吐かず、愚痴をこぼさず、ただ子どもたちのために身を削ってくれた母。
母は、間違いなく僕のヒーローです。
大人になって唯一やり残したこと
また父は、僕が最も尊敬する人物です。
人を誰よりも大切にする、そんな人でした。しかし、小さい頃の僕は、父の偉大さに気づかず、暴言を吐いたこともありました。
父は、PTA会長や野球部の父母会長を、僕が小中高の間ずっと務めていました。そう聞くと、とても厳しい父親を想像されるかもしれません。けれど、実際の父はまるで逆でした。いつも陽気で、父がいるだけで場が明るくなる─そんな存在でした。
僕は一度も父に怒られたことがありません。僕が学校で悪さをしても、「相手の家に謝りに行ってくる」とだけ言い、僕を叱ることはありませんでした。その父の背中が、間違いなく今の僕をつくっています。
中学生のとき、僕は父にこう言いました。
「PTAだの会長だの、そんなお人好しなんてしなくていい。もっと家庭を顧りみて!」
父は「そうだなぁ」とだけ言いました。
後になって知ったのですが、父は一度も立候補したことがなかったそうです。「誰かが立候補しないと、この会議が終わらなくて、皆さん家に帰れないだろうから、僕がやりますよ」。そう言って引き受けていたと、周囲の方々から聞きました。