“お笑い界のダークヒーロー”としてブレイクを続けるピン芸人・みなみかわ。だが、その隣にはかつてもう一人の芸人が立っていた。
2005年に結成されたコンビ「ピーマンズスタンダード」。14年間の活動の末、2019年に解散し、相方の吉田寛は芸人を引退した。
あれから数年。元相方はいま、何をしているのか。そして、テレビで活躍するみなみかわをどんな思いで見ているのだろうか。お笑いコンビ飛石連休・藤井ペイジ氏の新刊『芸人廃業 ダウンタウンになれなかった者たちの航海と後悔』(鉄人社)より、一部を抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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みなみかわの元相方の現在
――現在はどういった仕事をしているの?
吉田 テレビ番組の制作会社で働いてます。主に力を入れているのはバラエティ番組ですね。この前は、昔から知ってて同じ松竹芸能にもいた「さらば青春の光」の森田が出てくれたんです。そうやって昔馴染みの仲間が出てくれるのって嬉しいですよね。
――いまやもう、使う側の人間なんだなあ。
吉田 いやいやいや! 僕もずっと「使われる側」の人間やったんで。「使う側」になれるかなと思って制作会社に入ったんですけど。ま~何の権力もないですね。
――はっはっは! いや、これからでしょ?
吉田 AD(アシスタントディレクター)を3年やって、うちの社長に「AP(アシスタントプロデューサー)もやってみろ」って言われて。プロデューサーとかAPって、キャスティング権があるイメージだったんですけど、ぜんぜんです。結局は上からの指示を受けてみんなに連絡する、ただの駒でしかないです。
まだまだ頑張っていかないと。
――どの世界も長い道のりだなあ。芸人のスタートは、大阪の松竹芸能の養成所なんでしょ?
吉田 そうですね。みなみかわじゃなくて、高校の同級生に誘われてふたりでコンビ組んで、そこに入りました。
――そうやって誘われるまで、芸人になることはあまり考えてなかったの?
吉田 考えてなかったですね。でも当時ものすごい就職氷河期で、大学卒業したものの就職できなかったんです。そのプラプラしてたタイミングで誘われたから、「じゃあ、やってみよかな」くらいでした。そうやって養成所に入ったものの、半年くらいはぜんぜんウケなくて。
苦戦したんですけど、少しずつ笑いが取れるようになってきたら楽しくなってきたんです。ライブにも出してもらえたり、関西ローカルの深夜番組ですけど、漫才させてもらえたり。そこそこ順調だったんですけど、始めて1年ほど経ったときに、そいつが急に「辞めたいねん」って言い出して。理由を聞いたら「車の免許を取りに行く」って。
――えっ!? いや、芸人やりながら教習所に通えるでしょ。
吉田 僕もそう言ったんですけど、めちゃくちゃ真剣な顔で「俺、ひとつのことにしか集中でけへんタイプやから」って。
――あっはっは! 向こうから誘っておいて、それ言われたらツラいなあ。ひょっとしたら彼のなかで、思ってた世界と違ったとかで、辞める理由を探してたのかも。
吉田 そうかもですね。いまも仲はいいので、実家に帰ると飲みに行ったりはしますけど。
――その後にみなみかわと組むの?

