先輩芸人・有吉弘行に「お前ら、売れてねえぞ」と言われたあの日――。
コンビ「ピーマンズスタンダード」として活動していた吉田寛は、その後7年間泣かず飛ばずの時期を過ごし、39歳で芸人を引退。テレビ制作会社のADとして新たな人生を歩み始めた。
お笑いコンビ飛石連休・藤井ペイジ氏の新刊『芸人廃業 ダウンタウンになれなかった者たちの航海と後悔』(鉄人社)より、吉田寛さんのインタビューを一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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「もう芸人辞めて裏にまわります」
――どうして?
吉田 みなみかわはピンでやってたんですけど、「もう芸人辞めて裏にまわります。東京に行って放送作家やります」って、大阪松竹のマネージャーたちにも伝えてたんですよ。でも、ただ尖ってるだけじゃなくてネタもちゃんと面白かったので、マネージャーも「もうちょっと芸人続けたらどうや?」って止めてたんです。
同じころに僕は、さっき言った友だちが辞めて解散して、しかももう26歳になってて。もういい歳やけど、ここで辞めたら悔いが残るし、かと言ってピンでやるイメージはできなくて。それで同期とか近いところを見渡したら、僕が面白いと思えるのがみなみかわだけやったんです。だから、みなみかわを誘って断られたら、自分も芸人辞めるつもりで声をかけました。まあ最初は断られたんですけどね。何度かお願いし続けたら組んでくれて、そこから「ピーマンズスタンダード」が始まりました。
――そのときは大阪でしょ? どのタイミングで上京するの?
吉田 大阪で2年くらいやったころに、みなみかわがピンで「アイヒマンスタンダード」っていう芸名で「あらびき団」に出るんですよ。
