吉田 僕らは15年近くコンビでやってたんですけど、組んで3日目からコンビ仲が悪かったです。
――えっ! ちょっと早すぎじゃない?
吉田 難波にある松竹芸能の養成所の近くに、「OCAT(オーキャット)」っていうショッピングモールとかバスターミナルが入ってる大きい施設があって、そこに広場があるんです。養成所生がネタの練習してたり、若いダンサーがよく練習してる場所でもあるんですけど、そこで僕らもネタ合わせをしてて。当時は僕がボケをやってたので、練習しながら「ここはこうツッコんで欲しい」「そこもうちょっとツッコミ強めで」とか言ってたら、急にみなみかわが広場中に響き渡る声で「誰がお前の言う通りにツッコむかー!」って叫んで。ダンサーの人ら、音楽ガンガン鳴らして練習してたのに、みなみかわの怒声で全員がダンス止めて振り返ってましたからね。
――さっき言ってた、出会ったころの尖ってたみなみかわだ!
吉田 僕もよくなかったんですけど、その日から解散するまで、ずっと仲が悪かったですね。
――いまでこそ仲良しコンビが増えたけど、 当時はほとんどのコンビが仲悪かったよね。仲が悪いというか、舞台と打ち合わせ以外ではあんまりしゃべらないとか。ライブが終わって飲みに行こうってなったら、それぞれのコンビがきれいに分かれて別々のグループができあがってたし。僕なんかは完全に当時のダウンタウンさんの影響だけど、「コンビはプライベートでは不仲なほうがカッコいい」って思ってたし、他の多くの若手芸人も同じような考えだった。
吉田 僕がお笑い始めたころも、まさにそんな感じでしたね。
――いま働いている制作会社は、どうやって決まったの?