「執行猶予が付けば、たいした罪じゃない」
「執行猶予が付けば、たいした罪じゃない」
検察官の価値観では、裁判で有罪になっても執行猶予が付いて刑務所に入らなくて済めば、たいしたことではないのです。そういう感覚で人を罪に問うているのかと、愕然としました。とうてい受け入れられるものではありません。
「検事さんたちの物差は特殊です。我々普通の市民にとっては、犯罪者にされるかされないかは、ゼロか100かの大問題です。私にとっては、公務員として30年間築いてきた信頼をすべて失うか、失わないか、そういう問題なんです!」
この時ばかりは、泣いて抗議しました。
その後、遠藤検事に替って私を担当した國井弘樹検事からも「執行猶予ならたいしたことないよ」と言われ、容疑を認めるよう促されました。市民感覚と明らかにズレているこうした価値観は、検察全体を覆う職業病のようなものだと思います。
國井検事は、取調べの初日に、検察が作った事件のストーリーを一方的に語りました。
取調べのあと、思い出しつつ大学ノートに書き留めると、2ページ半ほどになりました。
「C会長に会った記憶はない」と再三供述してきたにもかかわらず、國井検事の話のなかでも、私はCさんに合計4回会ったことになっていました。
「あなたが認めないということは、ほかのすべての人が噓をついていると訴えることになる。そういうことをやるつもりか」と、脅しまがいのことも言われました。
検察の「仮定に基づく質問」に答えたら…
別の日の取調べでは、仮定に基づく質問をいくつもしてきました。
「村木さんの記憶にはないことかもしれないけど、上司から(偽証明書の作成を)『やってね』って言われたら、Bさんはどうしただろう?」
そんな仮定の質問には答えられないので黙っていると、
「じゃあ、Bさんが金銭目的や悪意から、こういうことをやったと考えられますか?」
私が「あり得ないと思います」と答えると、
「もし、Bさんが上司から指示されて追い詰められたとしたら、可哀想ですよね」と、さらに仮定の質問をしてきます。「そうですね」と、私は返すしかありません。
こうした問答の末に國井検事が作った調書は、こんな内容になっていたのです。「Bさんに対し、大変申し訳なく思っています。私の指示が発端となってこのようなことになりました。Bさんは真面目で、自分のためにこういうことをやる人ではありません。私としては、彼がこういうことをやったことに、責任を感じています」
これには本当に驚きました。仮定の質問をいくつかして、私の答えから検察に都合のいい部分だけを取り上げて調書を作っているのです。「サインしますか?」と言われて即座に断り、この人には絶対に調書を作らせまい、と心に決めました。

