國井検事は非常に思い込みの激しい人で、「キャリアは悪官僚だ」といった話をしきりにするので辟易(へきえき)しました。何が根拠かわかりませんが、彼の頭の中では、省庁内のノンキャリアは、キャリアから汚れ仕事ばかりやらされて、ひどい目に遭っているらしいのです。

 この事件も、「ノンキャリアのBは、キャリアの村木に指示されて嫌な仕事をやらされた」という筋書きにしたかったのです。のちの裁判でも、検察側証人として出廷した國井検事は、「事件の背景には、ノンキャリアが嫌な仕事をさせられてきたことがある」と説明しましたが、裁判官から「具体的には?」と質問され、何も答えられませんでした。

ある死刑囚の話題を振られてゾッとした

 國井検事は、これまで担当した事件のことも取調べの際に話していました。

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「被疑者が否認している事件で、決定的な証拠を本人にはずっと教えず、裁判で出してやったら有罪になった。しかも、否認していたから罪が重くなった」といった話を、表情も変えずに淡々と話すので、とても不快な気分になりました。

 和歌山毒物混入カレー事件(1998年、和歌山市内で夏祭りに出されたカレーライスを食べた67人がヒ素中毒となり4人が死亡した事件)で死刑判決を受けた林眞須美(ますみ)さん(無実を訴えて3度目の再審請求中)が、同じ拘置所にいることも、國井検事から聞きました。その時、彼はこう言ったのです。

「あの事件だって、本当に林眞須美がやったのか、実際のところわからないですよね」

 すでに死刑判決を受けている人について、無実かもしれないと平気で言う神経が、私には理解できません。本当にゾッとしました。

「誰にもわからない」と「真実がない」はイコールではない

 國井検事は、「真実は誰にもわからない」とも言いました。彼によれば、真実は誰にもわからないから、いろいろな人たちから聞いた話を重ねていくのだそうです。数学で習った「集合」の「交わりの模式図」のように、そうやっていちばん濃く色が重なり合うところを真実だとし、それを根拠に「こいつが犯人だ」と決めるしかない、と言うのです。

 でも、「真実は誰にもわからない」というのは、そもそも噓です。真犯人は「自分がやった」という真実を知っているし、冤罪を着せられた人は「自分はやっていない」という真実を知っている。そして、「誰にもわからない」と「真実がない」はイコールではない。真実はあるのに誰にもわからないというのなら、検察官はもっと謙虚になるべきです。

次の記事に続く 「なにか嬉しいことがあっても、それほど喜ぶことができなかった」えん罪被害者・村木厚子さんは“感情の喪失”という後遺症に苦しんでいた