ある日に「頭の中で何かがパリンと…」
ようやく自分本来の感情が戻ってきたのは、逮捕から3年近くも過ぎてからです。
それまで経験したことがないほど仕事が忙しくて走り回っていたある日、頭の中で何かがパリンと割れました。私には本当にその音が聞こえました。
「あ! 頭の上と足の下にあったガラスが、今、割れたんだ」
本来の揺れ幅の感情が戻ってきたのは、その瞬間でした。おそらく、仕事で戦闘モードになって大量のアドレナリンが出たことで、心の状態が回復したのだと思います。私の感情の揺れ幅が狭くなっていたのは、逮捕から無罪が確定するまでの1年3カ月間、感情を抑圧したことによる一種の拘禁症状と言えるのかもしれません。
冤罪はかけがえのない時間を奪う
多くの冤罪被害者は、もっと長い年月を、自分の感情を押し殺して闘い続けています。その間に受ける精神的・肉体的なダメージは計り知れませんが、国としてケアする仕組みはありません。何より、身体拘束を受けていた長い歳月を取り戻すことはできません。
2024年に再審無罪が確定した元死刑囚・袴田巌さんは、逮捕から58年もの間、「自分は真実を知っているのに、他人に運命を委ねなければならない」という時間が続き、人生の大半を奪われました。長時間続く苛酷な取調べ、長期間におよぶ勾留、裁判、拘留(判決が確定したあとの刑務所や拘置所への収監)は、人の心をどんどん蝕んでいきます。しかも、袴田さんは、いつ死刑を執行されるかわからない状況に置かれていました。
姉の袴田ひで子さんは、「捜査機関は、白状するまで巌を痛めつけ、拷問しました。弟には精神的な障害が残っており、身体も元には戻っておりません」と訴えています。
巌さんが精神を病んでしまったのは、拷問に等しい取調べから自らの命を守るために、また、裁判や再審請求の結果に一喜一憂して心が壊れてしまわないようにと、必死で自分に言い聞かせ、感情を押し殺してきたからだと思います。そういう状況に置かれて感情が一気に爆発し、取り返しのつかないことになってしまう人も少なくないといいます。
