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26歳の元運転手は…
記者にリークしたのは平塚八兵衛。しかし、これは誤報だった。
運転手にはれっきとしたアリバイがあった。しかし、この報道で運転手は生涯、マスコミに追いまわされる悲劇に巻き込まれることになる。
事件から7年後の1975年(昭和50年)12月9日、あの事件の日と同じ雨の降る朝、刑事たちは最後の捜査に出かけた。
12月10日午前0時、時効が成立。テレビ・新聞各社が集結するなか、ミスター警視庁と呼ばれた土田国保警視総監が記者会見した。
「現在の心境は残念というひとことに尽きる。解決できずに誠に申しわけない」
捜査員が投入されたマンモス捜査に終止符が打たれた。真犯人はいま、どこで何をしているのだろうか。