「某大型ホテルの社長さんが観光協会や旅館組合の会長をしていることもあるんだけど、とにかく、いつまでも夜の街だけではやっていけないだろう、というのがみなの合致した意見なのよ。もちろん全員じゃないけど。『しょうがないよね』という賛成多数の意見としてね。
一方、もういちど女の子の商売を『徹底してやるのはどうだ?』という意見もあるのよね。しかし時代の流れを見るとね、何回も摘発されて、島の悪い評判が流れて、『いつまでも悪いこと(売春)だけでは生きていかれないじゃん』という認識が徐々にできてきた。
だから『方向転換しようや』と風向きが変わり、いまや置屋さんがご覧のとおり廃れてきているわけで。もちろん復活させる必然も必要もないし。自然豊かで『クリーンな島』だということで売っていこう、ということでいまに至るんだよね。
夜の街というイメージは表に出さないようにしよう、払拭していこう、と。そうした浄化の声が20年ほど前から出てきて、いまはクリーンな島になりつつあるとは感じているけどね」
売春島という負のイメージ
前述したように、売春島のイメージを払拭する取り組みはもう、1989年の「三重サンベルトゾーン」構想からはじまっている。2013年には、わたかの島観光協議会と行政が連携し、「渡鹿野島安全・安心街づくり宣言」を採択する。カップルや家族連れなどの観光客誘致を推進する内容だ。
「資料を見れば、1990年ごろから行政による浄化の流れがはじまっています。それは旅館組合など島民たちの主導だったということですか」
「もちろんそうだよね。まず島民らの声があり行政と歩調を合わせてきた。行政も浄化を望んでいるし、島民も『しょうがないね、クリーンにしないとね』と。
だから昨年(2016年)もやったけど2年にいちど、鳥羽署員に来てもらって『活性化推進会議』という名の『浄化対策』会議をやってね。行政も島民も認識はほぼ合致しているよね。我々も渡鹿野の未来図を模索するため4年前(2013年)、三重県(行政)と相談してさぁ。県に『南西地区活性化推進室』ができて、僕は、ぜひ渡鹿野を『モデル地区にしたい』と訴えた。対して行政も、『じゃあ受けましょう』ということで。
それで四日市大の学生たちを送り込んでくれてね。僕は学生たちに『渡鹿野の将来の方向性を提案してくれ』と課題を与えた。それで島を散策したり、島民らと意見交換したりするなかでやはり、『クリーンなイメージでの観光しかないですよね』という結論なんだよね。
ホームページやSNSを使って渡鹿野情報を発信し、よい情報、明るい情報を発信することによってかつての暗いイメージを払拭していこう、と。3年前から年1回のペースで『ウォークラリー』を実施し、渡鹿野のすべてを知ってもらって。そうして明るい情報発信に力を入れているんです」
「かつては売春島という負のイメージを隠そう、隠そうとしていたように思います」
「まあ、ある意味ね。でも隠そうとしても隠せないよ。だから過去は過去でしょうがない。そういう時代があったということは認めた上でね。だから某大型ホテルは家族連れ客や年寄りの団体客が増えるなど実を結んでいるよね。料理の評判もいいしね」
「そうですね。どのホテルや旅館に泊まっても食事はおいしいです」
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