ピアノのペダルを踏むために連日の手術…左足が8センチほど短く
ブーニンは闘っていました。左手の激痛の原因は左肩に沈着した石灰の塊で、手を長年酷使したためと思われました。より深刻なのは足です。左足首を骨折した際に折れた部分を繫いだ金属にアレルギー反応を起こし、さらに持病の糖尿病も影響して足首の一部が炎症を起こして、なかなか傷口が塞がりませんでした。
「今の健康状態では、切断が一番身体に負担が少ないですよ」と担当医に言われ、セカンドオピニオンも同じ診断でしたが、足はピアノのペダルを踏むのにどうしても必要です。なんとか残すことができないか。ほかの治療法を探し求めたところ、足首の壊死した部分だけを切り取って、壊死していない部分をつなぎ合わせるという医師がドイツのマンハイム郊外の病院にいました。左足が8センチほど短くなりますが、私たちはこの方法を選びました。
連続して5回の手術。毎日夕方に手術室から病室に戻ってきて、翌朝5時にはまた手術室に向かう。あまりの過酷さにブーニンも死ぬような思いなのが分かるのですが、彼は「手術室ではバッハが聴けるんだよ」と微笑むのです。クラシック好きの執刀医がBGMを流しているのだそうです。こんな時にも彼を救うのはやはり音楽でした。
手術は成功し、8センチ短くなった左足には8センチの厚底の靴を履き、ピアノのペダルは踏みやすく力が伝わりやすいようにL字型に設計された幅広のペダルが完成しました。
「真っ裸で舞台に出るようなものだ」
家の中でも車椅子を使うことがあるため、部屋を片付けなければなりません。かつて息子とバッハを弾いていたチェンバロを処分しようと提案すると、ブーニンはこう答えました。「必要になるかもしれないから残しておいて」。チェンバロにはペダルがない。つまり、もう自分の足でペダルを踏めないのならチェンバロを弾くことにするよ、という意味なのです。
そうはさせない。絶対に復活しましょう──。私たちの目標をサントリーホールでのリサイタルに定めました。
昔、ブーニンがこう言ったことがありました。「360度全方位からお客様に見られているサントリーホールで弾くというのは、真っ裸で舞台に出るようなものだ」。
そんな舞台に立つのは、ブーニンにとって大きな意味があることでした。カッコよかった彼が昔のように颯爽とではなく、ちょっとよろけながら、それでも裸を晒されるような舞台に出ていこうとしている。息子が言いました。「お母さん、ブーちゃんにカッコいい杖を用意しようよ」。父親のことをそんな愛称で呼んでいるんです(笑)。
※妻とのドラマチックな出会いや、現在の生活などについて明かした記事全文は『週刊文春WOMAN2026春号』で読むことができます。
映画『ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生』全国で上映中
1985年に19歳でショパン国際ピアノコンクールで優勝し、鮮烈なデビューを果たしたスタニスラフ・ブーニンは、2013年に突如として表舞台から姿を消す。病や怪我、左手の麻痺、大手術などを経て復帰した彼が、2025年末サントリーホールに立つまでを、デビュー以来の貴重映像とともに追ったドキュメンタリー。


