小売りの王者だったダイエーが、関東から消滅する。
イオングループの首都圏と関西のスーパー子会社再編が実施され、首都圏はUSMH、関西ではダイエーを軸に統合。関東のダイエーはイオンフードスタイル(現マックスバリュ関東)に吸収され、文字通りになくなってしまう。なお関西ではダイエーが光洋(イオンの関西地区スーパー子会社)を統合するのでこれからも残る。
とはいっても、ダイエーという企業は残っているが、過半がイオンフードスタイルなどのブランドに変わっている。すでに関東エリアで店名にダイエーとついている店は半分ほどしかない。すでに若い方はダイエーというブランドをよく知らない人も多いかもしれない。
ただ、昭和世代にとっては、かつて小売業日本一だったダイエーは超有名企業である。プロ野球チーム、ダイエーホークス(ソフトバンクホークスの前身)もあって、とてもなじみ深い名前なのである。ご存じない方のため、少しだけ「ダイエーとはどんな会社だったのか」、「なぜトップ企業があっという間に失墜したのか」といったあたりを振り返ってみる。
各地に「ミニダイエー」ができるほどの絶対王者だった
1957年、スーパーの第1世代として生まれたダイエー(当時は「主婦の店ダイエー」)は、「価格破壊」を唱えて関西で急成長を遂げると、全国へと展開。1972年からは大手百貨店を抜いて小売業売上トップにのし上がり、2003年にイオンに抜かれるまで、トップを維持していた。
図表1は1998年度時点の小売業売上ランキングだ。1位ダイエー、2位イトーヨーカ堂、3位ジャスコ(現イオン)、4位マイカル(後に経営破綻→イオン傘下へ)、6位西友(ウォルマート→外資ファンド→トライアル)、7位ユニー(現パン・パシフィック・インターナショナルHD(PPIH))とスーパー大手が上位を占めていることがわかるだろう。
この頃は、食品から衣料品、雑貨、家具、家電に至るまであらゆる商品を品揃えする総合スーパーが主流だった。あらゆる需要を取り込んで大きなシェアをもっており、こうした大手以外でも各地に「ミニダイエー」のような総合スーパーが割拠していた時代であった。


