実家が燃えたのは2回目
――ご家族にケガなどはなかったんですか。
TAKUYA 無事でした。みんなが出払った昼間の出来事だったらしく。家は半焼でしたが、僕の部屋だけ完全に消滅しました。私物は寮に持ち込むと全部捨てられちゃうんでほとんど実家にあったから、中学以前のものって何も持ってないです。
連続放火事件で、結局犯人は逮捕されていないんですよ。父はもっと昔に寝たばこでボヤ騒ぎを起こしたことがあったらしく「家が2回も火事になったのは俺くらい」っていう謎の自慢を今もしていますけど(笑)、僕は14歳のときに頭蓋骨を骨折して、さらに放火で過去の写真など全て失う「人生リセット」のダブルコンボでした。
――そんな状況で「キーボードを買って」とは頼めないですよね……。
TAKUYA それでどうしようかと悩んでいたら、先輩がお古のギターを1万5000円で譲ってくれたんです。5000円を3回の分割払いで。
――それがギターとの出会いになるのですね。
TAKUYA ウソみたいに聞こえるかもしれないですけど、ギターを持ったその日に「絶対にプロになる」って確信しましたね。当時、14歳でエレキギターに触れている日本人ってそんないなかったと思うんです。「もしかしたら自分が一番早いかもしれない。この瞬間からすべての時間をギターに費やしたら勝てるかも」って。
そう考えたら、長崎の学校での生活は無駄なので辞めようと思いました。夜の自習時間なんて監視しているだけで、あとは勝手に勉強しろみたいな感じでしたし。誰かが教えてくれるわけでもなく、毎日勉強してるふりを何時間もやってるのは本当にナンセンスです。親からは「何を言ってるんだ」って言われましたけど、「俺はギターでこの不幸なカルマを断ち切って、自分の人生を切り開いていく」とすでに決心していました。
学校周囲の有刺鉄線をかいくぐり……
――学校はスムーズに辞められたんですか?
TAKUYA 全く両親の同意を得られませんでした。命にかかわるかもしれない頭蓋骨骨折までした過酷な環境なのに、両親はその事実を理解できない。もちろん僕の決意も、覚悟も夢も。なので発想を変えて退学になることにしました。退学処分になりそうなことを頑張ってやりましたね。
まず退学になるまでに、2回の停学を経験しなくてはなりませんでした。退学はそのまま退所できるので楽ですが、停学は厳しい処罰を受けるので、地獄へ行く決断です。
学校の周りには有刺鉄線があるんですけど、先輩と一緒に工具で抜けられるように穴を開けておいて。そこから頻繁に外の世界に出入りはしてたのですが、それがバレると他の人の自由も奪われるので1度目は外出時間に堂々と外へ出て、一晩帰らなかったです。
――脱獄みたいですね。
TAKUYA 本当に脱獄みたいなもんですね。停学になると頭を丸坊主にされて、正座を6時間程度。そこに鞭打ち。体も精神的にもきつかったけど、ギターでやっていくと決めちゃっているから仕方ない。2回目の停学は、たばこだったかな。忘れましたけど。きつい体罰と丸坊主を2回経験して、3度目にはめでたく退学できました。
退学になるときは校長と面談をして終わりなんですが「退学してどうするの」って嫌味をいわれて……。「プロのミュージシャンになります」って答えたら、「この学校生活にも適応できないお前如きが、なれるわけない」って言われました。
迎えに来て同席していた両親も、その態度にはめちゃくちゃ怒ってこんな学校はやめて正解だと。でもこっちからしたら今更ですよ。もう少し早く気がついてくれていたら、残酷な体罰に耐えなくても良かったのに。

