南蔵院を過ぎれば、すぐに鬼子母神の参道が見えてくる。この辺りも雑木林が多く、そこに生息する野鳥の囀りがよく聞かれたという。ハーンは鳥の声に耳を傾けながら、「よい声です。あなたはどう思いましたか?」などとセツに問いかけたりする。

青山墓地より雑司ヶ谷を望んだ

ハーンは雑司ヶ谷を「寂しい景勝地」と言って気に入り、自分が死んだらここに埋葬してほしいと言うようになる。雑司ヶ谷には明治7年(1874)に東京府管轄の墓地が設置されている。東京府の墓地としては青山墓地のほうが大きく、外国人も多く埋葬されていた。しかし、ハーンは華やかな雰囲気が漂う青山墓地よりも、雑司ヶ谷墓地を好んでいた。

もうひとつのお気に入りの場所だった新井薬師は少し遠い。ハーンは浴衣に下駄履(げたば)きといった近所を歩くようなスタイルで出かけるのだが、西大久保からは往復で10キロ以上になる“遠足”だった。

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大久保通りを西へと歩き、線路を越えて右に曲がる。この道筋には「百人組」と呼ばれた伊賀鉄砲組の組屋敷が点在し、屋敷内の敷地で副業のツツジ栽培がさかんにおこなわれていた。維新後には共同経営の大規模なツツジ園が造られ、春から初夏には1万本以上の木が一斉に赤やピンクの花を咲かせる。沿道からもその眺めを楽しむことができた。セツもここでは人力車から降り、ふたり肩を並べて花を眺めながら歩いただろうか。

長男に「私はもうじき死んで煙に」

やがて道は戸山ヶ原に向かって緩やかな上り坂となる。丘陵西端にある陸軍演習場の着弾地を迂回(うかい)するように道は左にカーブしてゆく。この付近には牧場があり、青々と繁る草原で乳牛が草を食(は)むのどかな景色が広がっていた。また、牧場の先には落合の火葬場の煙突も見える。ハーンはここでよく立ち止まり、火葬場の煙突から流れる煙を眺めていたという。一雄を連れて散歩にでかけた時に火葬場の煙突を指差して、「もうじき私も、あの煙突から煙になって出ます」と言ったことがあった。